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東京グランドキャバレー物語★25 幽霊いるいる?真夏のミステリー

 いつもの様にお店に出勤すると、愛海(あいみ)さんが話しかけて来た。
愛海さんは、山口県出身のポッチャリとした可愛らしい女性で誰にでも気軽に話しかける。
「ねぇ、知ってる?出るんだって」
「何が出るんですか?」
「決まってるじゃない、出ると言ったら、これよ」
 愛海さんが、胸の前で両手をぶらりと重ねるようにした。
それだけではなく、白目をむき出した。
「いやぁ~。愛海さん。怖い」
 私は、身震いした。

「5卓の席あるでしょう。角の席よ。あそこに女性の幽霊が出るって
  噂よ」
「ひぇ~。心霊スポットですね!私は、まだ、その幽霊にお会いしたこと
ないですけど。どんな感じの人なんですか?」
「何でも色白で髪が長くほっそりとした美人らしいよ」
「やっぱり、幽霊って言ったら、痩せて美人って決まってますよね!」
 ポッチャリ系の愛海さんは、何も言わず頷いた。
 あの世もこの世も、美人でスリム系は、話題になる。

「どうして、夏近くなって来た今、姿を現す様になったんでしょうか?」
 私は、続けて愛海さんに聞いた。
「幽霊は、夏の風物詩よ。いよいよ自分の出番って思ったんじゃないの?」
 愛海さんは、断定した。
「どうして、5卓に出るんですか?」
「そうねぇ、きっと彼女をご指名していたお客さんが、そこの席が好きだったんじゃない?」
「なるほど・・」
「その幽霊ホステスは、座っているんですか?それとも、立っているんでしょうか?」
「私は見たことがないから、わからないけど、他のお姉さんの話しによる と、誰かとすれ違ったりするらしいわ。そして5卓に戻るを繰り返している らしいよ」
「へぇ~。売れっ子ホステスだったんですね」
 私は、幽霊と言う事も忘れ、感心した。

 その日の夜は、福だけが誰からも声もかからず、お客さんもおらず、いつもの席で、アナウンスがかかるのを待っていた。
下の階のにぎやかさと、この静まり返った空間は、同じ店とは思えない。陰と陽、静と動、月とスッポン。今夜の売れないスッポンホステスは福一人である。

 あんな幽霊の話しを聞いたので、もしかして呪われたのかもしれない。
福の隣に、その美人幽霊ホステスが座っている?まさか!
21時半を過ぎても誰からも声が掛からず、自分のお客さんも来なければ、お店にいても仕方がないので帰宅組となる。

 私は、よろよろと立ち上がり、ロッカールームの鍵をクローク兼会計係の米子(よねこ)さんから受け取った。

 古びたエレベーターの金属音のキーと言う音と共に、目の前で扉が開いた。
「残念だったね。福だけか?売れないホステスは、早くお帰り」
 まるでエレベーターにまで、笑われた気がした。

 ガタンと揺れ、五階に到着する。
事務所や倉庫、そして奥には女性たちのロッカールームがある。
幾つもの年期の入ったドアを開けて行く。

 ロッカールームの前に女性用トイレがあった。
すると、その蛍光灯の明かりが点いたトイレの奥から、カラカラ、カラカラとトイレットペーパーを巻き取る音が聞こえて来た。

「なんだ、私だけじゃなかったんだ帰宅組。誰かな~」
 ガチャと鍵を回し、重い扉を開けると木で出来たロッカーが並ぶ。
 化粧独特の甘い匂いやハンガーにぶら下がった何着ものドレス、ロッカーは百以上並んでいて、鍵が壊れていたり、扉などない物もあった。
 50年の歴史が伝わって来る様だ。ロッカーが木で出来ている店など今時、
ここぐらいでしょう。

 愛海さんが話していた、あのほっそり美人幽霊が姿を現すのではないか?
そんな事を思い出すと、急に怖くなった。
 私は、急いでドレスを脱ぎ、自身の服に着替えた。
来た時と同じ様にドアの鍵を閉めて行く。

 エレベーターを降り、米子さんに鍵を返却する。
米子さんは、このお店のオープニングスタッフで、彼女の人生はこの店と共に生きて来たと言っても過言ではない、隅から隅まで何でもご存知の女性である。

「米子さん。私の前に誰か帰宅組いたのですか?」
 私の問いに、怪訝な表情をして米子さんが答えた。
「鍵は福が持って行ったでしょう?鍵は、これ一つなんだから、
 誰も上の階には入れないわよ。それに今夜はね、帰宅組はあなただけよ」
「えぇ!でも、トイレで音がして、カラカラって聞こえたんです。
 あれは一体なんですか?」

「あらぁ、また出たの?」
「また?またって何ですか!」
 恐怖に顔が引きつる。

「50年もの歴史があれば、何だってありよ」
「そ、それってぇ、お、お化けもありってことすっかぁ?」
 驚いて舌が絡まり、うまく話せない。

 米子さんは、フフッと笑いながら
「お疲れ様。明日は頑張ってお客さん見つけなさいよ。5卓のホステス
だって頑張っているんだから」
「ひぇ~」
 その夜は、一目散に店を後にした。
 私は、幽霊ホステスと共に働いている、と実感した日でありました。

              つづく