東京グランドキャバレー物語★22 泥棒稼業のお客さん
出勤日、店に行くとマネージャーから、社長が呼んでいます、と言われた。社長が直々に私を呼ぶなんて、面談の時以来だから、昇給だろうか?
まだ、1年もたっていないのに、そんな店に貢献したかな?私は、楽天志向で夢見る乙女なので良い事しか考えられない。
私の美貌と、どことなく感じられる品性が、石油王とか、どこかの国の王子のハートを射止めちゃって、社長を通じての縁談かもしれない。現代版シンデレラ~?クックと自然に笑みがこぼれた。
「失礼します」
弾む気持ちで、古い木のドアをノックした。
「はい」
ドアを開けると、大きな窓から西日が差し込み、社長が逆光の中で、まさに金色に輝やく仏像の様に立っている。
やはり社長だけあって、オーラが違うなぁと思いつつ
「社長!お呼びですか?」
と私は、にこやかに言った。
社長は、タバコの煙一息吐き出し、こちらに振り返った。
その顔を見た私は、
「社長!どうしたんですか?その顔!」
と叫んだ!社長の顔は、誰かに殴られた様に左目の上に青いアザが出来ていた。社長はムッとした表情で、それには答えずに私に聞いた。
「昨夜、福は、7卓の席に着いたね?」
「ハイ、金魚さんに呼ばれました」
「ふ~ん。それで、その客は、どんな奴だった?」
「優しい感じの人で普通に接客しました。ダンスもしましたよ」
「福が最後に席を立った時、その客はどうしてた?」
「確か…。トイレに行っていたと思います。金魚さんがお客様がなかなか
席に戻って来ないと慌てていました」
「なにぃ?そうか!やはりその客は、トイレに行ったんだな!」
社長は大声で叫んだ。
意味がわからない私は、ポカンとした。
「無銭飲食だよ!」
社長は、苦々しくタバコを灰皿に押し付けるように火を消した。
「えぇ!キャバレーで無銭飲食?そんなことがあるんですか?あのお客さん、二回目って言っていましたよ」
「一回目は偵察しに来たんだな。どこに隠れ、どこから逃げられるか?目星を付けていたんだろう」
伝票は、テーブルの上にあり、お客さんは、トイレに行ってから20分経ち閉店時間を過ぎても戻らず、困った金魚さんは、マネージャーに話し、慌てた彼は、社長に報告、それから大捕り物が始まった様である。怪しい所は、最後に行方が分からなくなったトイレだった。
トイレの奥には、昔、学校などにあった上から下へゴミなどを滑り落とすダスターシュートと言うのがあった。社長は、それに気づき、奴はそこから逃げたと確信したようである。このビルを熟知している社長なら、ダスターシュートがどこに繋がっているか、わかっていた。
急いで一階の裏手にあるゴミの集積所にいた無銭飲食の犯人を見つけ出し格闘となり、何とか取り押さえ警察に引き渡す事ができたのだ。目の上の青アザは名誉の負傷である。
「一気にハクが付いたお顔になりましたね。社長!」
と励ます気持ちで私は言った。
社長は、それには答えず、
「それで福ね、明日の昼間、金魚と××警察に行って欲しいんだよ」
「えぇ!どうしてですか?金魚さんのお客さんですよ!」
「金魚は、おとなしいホステスだから、うまく説明出来ないと思うんだよ。だから一緒に行ってあげてよ。頼みます福」
社長は、頭を下げた。社長に頼まれたら嫌とは言えず、仕方なく、次の日に金魚さんと××警察に行くことになった。
金魚さんは、とても静かなホステスで、他の女性達とは交流のない人だった。そんな彼女が警察で何を語るのか黙ってしまうのか、見当もつかなかった。社長が一緒に行ってくれと頼んだのも無理もなかった。
次の日、警察の窓口で昨日の件で来ました、と言うと眼光鋭い男性が現れ、私たちをそれぞれを別室に案内した。口合わせをしてはいけないと言う事だろうか?
木の机があり、どうぞ、そこに、と言われ古ぼけた椅子に座った。
警察の制服を着ていない私服のその人は、やはり刑事に違いない。ヨレヨレのシャツがそれを物語っている。テレビの刑事ドラマで良く見る。
私の情報源はテレビだ。
善人の私は、これから始まるであろう人生初の事情聴取に?挑む。私は重要参考人かもしれない。隣の部屋にいる金魚さんは、大丈夫だろうか?
「もしもし、あのですね。昨夜の男は、お客として来たのですね?」
尋問中?の私は、緊張のあまり
「私は、その人と会ったのは昨夜が初めてで、彼の事は何も知りません。本当です!信じてください!世間話しをしてダンスを踊っただけです!」
「まぁまぁ、落ち着いて。ダンスしたんですねぇ~」
刑事さんは、何かを紙に記録している。
「普通のこう、ディスコっぽい、健康的なダンスで」
手を広げ、リズムを取ろうとした私に、その刑事は、表情も変えず、机の上に2枚の写真を置いた。
「この人に間違いないですか?」
あの時のお客様の正面写真と横顔の写真だった。
昨夜は、あんなに楽しそうに踊っていた人とは、生気もない別人の顔だった。そして、妙に目立つオレンジ色のツナギを着ていた。
胸元には数字が縫い付けてあった。
「どうですか?間違いないですか?」
「はぁ」
刑事さんは、
「こいつはね、前科があってね。仕事が泥棒。泥棒稼業なんですよ」
「えぇ!そんな稼業があるんですか!」
私は驚いて目の前の写真を食い入るように見た。
「いやぁ。それは例えですよ」
とその人は、頭を掻きながら、困っちゃいますね~と言った。
真剣な顔をした私は、身を乗り出し、どうしても知りたかった事を聞いた。
「警察に捕まった犯人は、オレンジ色のツナギ着るんですか?」
「いやぁ。まいったな。これは極秘事項だから、外には漏らさないでくださいよ」
初めて知った大都会、警察の衝撃的な極秘事項。悪い事をして捕まったら、オレンジ色のツナギを着るようである。
事情聴取から開放され金魚さんと私は、しばらく黙ったまま町を歩いた。
金魚さんがポツリと言った。
「あの人、どうして、お金ないのに来ちゃったのかしら」
私は、彼の職業は泥棒稼業で年中無休らしいですよ、とは言えなかった。
金魚さんは、何度もあの人とつぶやき、
「あの人、オレンジ色のツナギが良く似合っていたわ」
まさか悪い事をすると警察署で着せられた服ですよ、とも言えなかった。
お店が始まるまでには、まだ時間がある。空を見上げるとオレンジ色の夕日が輝いていた。悪事を働きお縄になった時、あの色と同じツナギを着る事になる。泥棒稼業は、足を洗おう!でなければ、もう二度と楽しく自由にダンスを踊る時は、失われるのだ。
つづく