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東京グランドキャバレー物語★32 昭和の親分子分がご来店
「おらおら、どいて、どいて」
老年に近い背の低い男が、辺りを睨みつける様にご来店された。
「しっ、しっ」
周りの女性を手で振り払いながら歩く。
近くにいたホステスの二人が
「きゃぁ!」
と飛び上がり、道をあける。
その後ろを背の高い温厚そうな男性が、にこにこと何食わぬ顔で歩く。
仕立ての良いスーツを着こなし、ピカピカの白いエナメル靴を履いている。心なしか嬉しそうだ。
さらにヒョロッとした若造二人が、その男性の後ろをコバンザメの様にヘラヘラしながらくっ付いていた。こちらは、何となくチンピラ風である。最近、死語となったチンピラ。何か悪さをしそうな不良と言うのではなく、チンピラと言うのがピッタリの二人。語源はどこからだろうか?
まっ、いいか。
この異様な4人グループを遠巻きながら観察していた私は、いきなりマネージャーと目が合うなり言われた。
「福、50番テーブルにご案内して。そして、今日は福が席に着いて下さい」
「えぇ!何で?私が?またぁ?」
またぁ?と私が言うのも、最近、癖のあるお客様ばかり席に着けられている気がするからだ。
「福なら大丈夫ですよ」
と毎回言われた。
仕方なく、他のテーブルから少し離れた奥まった席にご案内する。
バンドがテンポの良い曲を演奏し、歌手が唄い数人のお客様がホステス嬢
と踊っていた。
私とその年寄り子分で、大柄な男性を真ん中に左右に挟んで座り、
さきほどのチンピラ若い衆は、その男性の前に、頭を下げながら座った。
「こちらは、知っての通り俺たち天下の〇〇組の大親分なんだからな、普通ならお前たちみたいな下っ端なんか、親分の顔だって拝めないんだぞ!
失礼のない様に」
偉そうな年寄り子分は、睨みを効かせながら
「失礼があったら、ぶっ殺すぞ!」
と威嚇した。
「へい」
前の二人が声を揃えて反応する。
年寄り子分が声を張り上げ、次に私を睨む。
「わかったな?失礼のない様にしろ!」
「ふん」
福は、口を尖らせた。
親分からは、ウイスキーの水割りを頼まれたので、それぞれに四つの水割りを作った。どの様な上下関係にあろうとも、お酒は平等にお作り致す。
年寄り子分が最初に口を付け、
「親分、大丈夫です」
と言った。
「はぁ?お毒味係ですかぁ?」
私が何かこのウイスキーの中に毒でも入れ、この組のテッペンを暗殺するとでも思ったのか?
「頂きます!」
と、子分たちが言った。
親分は、
「おお」
とだけ言うと一気にググっと飲んだ。
それを見た子分達も礼儀正しく後に続く。
四人のお客様なのに、なぜか私以外、誰もホステスが来ない。
それほど混んでもいない平日の夜に、他の女性はなぜ、来ないのだろう。
突然、親分が立ち上がり
「俺は、一人で踊って来る!」
と言い、フロアの真ん中で踊り始めた。
なかなかリズム感宜しく、音楽に合わせ体を揺らしている。
「おらぁ!おまえ!何で親分を一人で行かせるんだ!一人で踊らせるんじゃない!」
いきなり年寄り子分が叫び、私の背中をど突いた!
「痛いなぁ・・。だって一人で踊りたいって言っていますよ」
「うるさい!親分を一人で踊らせたら、ぶっ殺すぞ!」
年寄り子分がワーワー怒鳴るので、仕方なく親分の前に入り踊り始めた。しかし、彼は目をつぶり悦に入って音楽とダンスを楽しんでいる。
一緒に踊るホステス嬢などいらないのだ。
席に戻ろうとすると年寄り子分が、
「おまえ!戻って来るな!親分を一人にしてみろ!ぶっ殺すぞ」
と唾を飛ばし福を攻撃する。
「ふん」
二人のチンピラは、素知らぬ顔で日頃飲めない高級な?ウイスキーをガンガンやっている。
この人を若頭と呼ぶのだと、後でチンピラが教えてくれた。
年寄りなのに若頭と呼ぶ、謎の階級である。
そのガ―ガ―わめく若頭を無視し、自分のグラスを口にする。
音楽が終わるのと同時に、親分が席に戻って来た。
超ご機嫌で、ドスンと腰を下ろしグラスを手に取り、その琥珀色したお酒を一気に飲んだ。
「うまいな~。」
空になったグラスに次を作る。
若頭は、チンピラに達を前に何やらレクチャーしている。
「これからの組は、社会に溶け込み親分を中心に・・」
今だ!
マドラーでウイスキーの氷をかき回しながら、親分の耳元で、
福はささやいた。
「ねぇ親分、ドスかチャカで、そこの若頭、やっちゃって下さいよ。
それが組の為でもあり、店の為でもあり、福の為でもありんすよ」
と、甘い声で言っていると、親分は私をまじまじと見ながら、真顔でこう言った。
「おまえ、アウトレイジ観たのか?」
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「アウトレイジ…?」
しばらくすると、一斉に子分達が立ち上がった!
何ごと?他の組の襲来か!
若頭の粛清の話しを聞かれたのではあるまいか?
グラスを置いた親分の蚊の鳴く様な、小さな声に反応した模様。
「トイレ」
福も負けずに立ち上がる!お客様におしぼりを渡すのは、席に着いているホステスのお役目の一つなのにぃ!
何と今夜は、ホステス一名とお席に座った三人のお客様が、手にはおしぼりを握りしめ皆が立ち上がっている。
周りの席のお客様もホステス嬢も、唖然とし異様な光景に驚く。
「これはこの子分達が、親分にイェお客様におしぼりを渡そうとしちゃって、おかしいですよね、ホステスの仕事取っちゃうなんて」
言い訳をしたいが、席が奥まっているので福の声など届かない。
チャイナのボーイがフフと笑いながら通り過ぎた。
若頭は、自分のおしぼりで、ヘラヘラ子分の頭を意味もなく叩きながら、またまた大声で怒鳴った。
「おらぁ!親分が出て来たら、おしぼりを渡せ!ボヤボヤしてんじゃなぞ!ホステスなんかに負けるな」
バンドの音楽は、絶好調よろしくハイテンポな曲になっている。
満面の笑顔でトイレから出て来た親分は、手渡そうとした、それぞれのおしぼりなどに目もくれずホールの中央へと腰をひねりながらステップを踏んで行ったのであった。
つづく