東京グランドキャバレー物語★24 父と息子でご来店
上にあるホールは、ショーやダンスなどのにぎやかさを求めず、どちらかと言えば喧噪を逃れ、静かにお酒を飲んだりホステスとの会話を楽しみたい人達が利用する空間だった。
いつもは、福を含め売れないホステスが欠伸したり、居眠りをしながら、名前を呼ばれる時を今か々とジッと待っている席があるが、そこはお客さんの席からは、うまい具合に死角になる。
今夜は、金曜日のせいか満員御礼。美しいドレスをまとった売れっ子お姉様方は階下ホールで、あちらこちらと飛び回っている。にわか売れっ子のホステスもいるが、にわかにもならない、つまり指名してくれるお客さんがいない福が、一人ポツンと待ち席に座っていたら、売れないホステスを自覚する事になる。売れないホステス=人気がない=魅力がない自分と錯覚する。何と残酷な世界だろう。しかし、本日は、有り難くもその席に誰も座る事はなかった。
今夜のお客様は・・・。
40代ぐらいの男性と70過ぎのご老人が座っていらした。
「いらっしゃいませ。福と申します」
私は、にこやかに、ゆっくりその席に歩みよった。
「どうぞ、どうぞ」
若い方の男性は、体を横にずらし私の席を作った。
ご老人と対面する形になる。
「いやぁ~。べっぴんさんだね。福ちゃんかぁ」
意外に大きな声でその老人が言った。
「すみません。いつもなら、もう一人女性が来るのですが。今日は、皆さ
ん下の階にいて」
「全然、かまわないですよ」
「そうだよ。こんな可愛い子が来るなんて! ホステスが100人いたって、
福ちゃんの魅力には、かなわないさ。なぁ和弘」
と、老人から名前を呼ばれた男性は、赤くなりながら頷いた。
どことなく二人は、顔が似ている。
「和弘さんっておっしゃるんですね。今日は、お仕事の帰りですか?」
二人のグラスに氷を入れながら、優しそうな彼にたずねた。
「実は、父なんです」
照れたように和弘さんは、言った。
「父は、このキャバレーが好きで全盛期は、週に二、三度ぐらい、お邪魔していた様なんです」
「昔から、我々はねウイスキーなんだ。君は、何を飲みたいのかね?」
父上が聞いた。
「有り難うございます。それでは、ビールを頂きます」
「何?君は、飲めるのか!やったな!」
父上は、嬉しそうに手を叩きながら言った。高齢の方が酔うと、無邪気な感じになるんだと、私は思った。
上の階、専属のボーイに胸元からライターを出しビールを頼んだ。
「いいねぇ~。あの頃のままだよ。ホステスが胸元からライターを出してね。ボーイを呼ぶのは。まぁ、それでもあの頃はライターではなくて、マッチだったけれどね」
父上は、饒舌でご機嫌だった。しばらく会話が続く。
「最近の景気が悪いのは日本政府の怠慢だ!このままだと日本は、その辺のチャイナに乗っ取られる!」
と語気を強めて言う父上は、少々興奮し声がさらに大きくなって来た。
二本目のビールを運んで来たボーイは、チャイナだ。
今の話しは聞かれていないだろうか?
何となく目が座っているのが気になり始めた、その時、
突然、父上が大声で怒鳴り始めた。
私の隣にいる和弘さんは、おたおたし始める。
「だいたい、気にいらなんだ!この前のあれはなんだ!おまえ!」
父上は、福を睨みつける。
飲んでいたビールのジョッキを持つ手が止まる。静かにテーブルに置き、手は膝に神妙な面持ちになった。
「はぁ?この前って何だろう・・・」
混乱する福、この前って?
「申し訳ありません」
怒っている人には、まず頭を下げるのが基本である。
意味がわからなくとも、まずは、頭を下げる。
「そうですね。ごめんなさいお父さん」
何が何だかわからないけれど??目の前のお客様のご機嫌が良くなれば良い。
「わかればいいんだ!」
すると、父上は又、すぐ満面の笑みになり
「飲みなさい。どんどん飲んで、早く家に帰って来なさいミドリ」
???
『えぇ!誰、ミドリって?』頭が混乱する。
どう、父上の会話に合わせたら良いだろうか?
しばらく考えながら、答えた。
「わかりました」
何が何だかわからないけれど、そう答えた。
「わかれば良いんだよ、ミドリ」
父上は、ニコニコしながらウイスキーを口にした。
隣に座った和弘さんは、小さな声でつぶやくように私に言った。
「本当にすみません。今夜は、親孝行のつもりで連れて来たんですけど。」
和弘さんは、
「もう、そろそろ遅いし家に帰ろうか。親父!」
「そうだな」
意外と素直に父上は、立ち上がった。
よろけそうになる父上の腕を、和弘さんはしっかりと取り、
「今度は、一人で来ますね。その時は、福ちゃんを指名します」
「有り難うございます。お父様を大事にして下さいね」
和弘さんは、
「あのミドリって、実は数年前に死んだ僕の母親の事なんです。このキャバレーに来たら、親父の記憶がよみがえっちゃったみたいです」
「お父様は、きっと喜んでいらっしゃいますね」
お店の下まで行き、タクシーに乗る二人を見送る。
誰にでも昔の思い出が蘇る時がある、楽しかったあの時、あの場所。
年齢に関係なく、そんな素敵な人生の1ページを思い出す事が出来るって、幸せなことだと福は思った。
つづく