東京グランドキャバレー物語★15 可愛い悪魔の理世子さん
小柄で目がクリっとした顔立ちの理世子さんは、毎日の様にお客様と同伴し、同伴のない日は、どこかのお席から、すぐにお声がかかる売れっ子だった。小柄と言うのは、実際の年齢よりもずっと若く見えるが、彼女は、可愛いだけではなく話題も豊富で、頭が切れるホステスだった。
本日は、キャバレーは初体験と言うお客様の席に、その売れっ子、理世子さんと一緒に付く事になった。プロフェッショナルな彼女の一挙一動を見逃すまい。
私達二人のホステスがお客様の前に、並んで座っていたが、理世子さんは、挨拶も早々にその方に聞いた。
「お隣に座っても良いですか?」
一瞬、えっ?と驚いた顔をしながらも、すぐに嬉しそうな顔になるお客様
「どうぞ、どうぞ」
彼は、横にずれ彼女の座る場所を作った。
「なるほど、お客様が一人の時は、この手を使うのか」
「理世子で~す」
「何でもどうぞ」
優しそうなお客様は、私たち二人に好きな飲み物を勧めて下さった。
「本当ですか?嬉しい!じゃあ、私はビール頂きます!」
遠慮もせず答える私。
「君は?」
と理世子さんの横顔を見るお客様。
すると、
「私は、お茶を持っているから、これで良いんです」
いつの間にバックに忍ばせていたのか、ペットボトルを取り出し、グラスにお茶を注ぎ、氷を1つポンと落とした。
何でも好きなモノをと、聞かれると、ビール嬉しいです!
と言ってしまう卑しい私とは次元が違う。
理世子さんは、初めて来たお客様の懐具合を確認しつつ、自分を売り込む戦法に違いない。(なるほど。)
「遠慮なんかしないで、好きな物頼んだって良いのに。気を使わせちゃって悪いね」
理世子さんの隣に座ったお客様は、彼女の顔を見ながらこう言った。
その後、しばらくすると理世子さんは、グラスを持たないお客様の左手に自らの細い指を絡ませ、グイっと自分の方へ引き寄せながら、
「なんか手の感じ、ピッタリ合う」
と、さりげなく言った。
(おぉっ!作戦開始?)
しっかりとその手の行方を観察した。
お客様の腕を自分の胸に引き寄せる。
しかし、自分の胸にお客様の手は、触れそうで触れられない、相手にもどかしさと、期待感を感じさせる抜群のテクニックだ。お客様は、気のせいか顔がほころび、なすがまま状態となっている。
「理世子、お刺身が大好きなの。連れて行って欲しいなぁ」
潤んだ目でお客様を見る。
「えっ?刺身かぁ!いいよ、いいよ。行こうよ。理世ちゃんの好きな物なら何でも良いよ」
「じゃあ、来週の今日はどうですか?」
ここで、自分の食べたいモノをアピールしながら、次回の来店を約束させ、一瞬の隙も見せず名前と電話番号を交換する。
(凄い!席に付いてから、1時間も経っていない、なんと言う早業。)
それが自然な形になって、お客様への営業に見えない。はたから見たら、来週のデートの約束をする恋人同士だ。
「お刺身も好き、お肉も好き、雪谷さんも好き!」
「またまたぁ、うまいなぁ。いいよ、いいよ。理世ちゃんの好きなモノで」
お客様は、いつのまにか理世子さんのペースに引き込まれ、彼女の横顔をうっとりした目で見ている。誘導催眠に近い。
前に座っている私は、すでに透明人間に化し、存在は徐々に失われつつあった。
それでも、ただ一人でビールをチビチビやっている私の居心地の悪さを察したのかお客様が、私に聞いてきた。
「僕さ、いくつに見える?」
私は、
「そうですね。57、8ぐらいじゃないですか?」
と、正直に答えた。
「じゃあ、理世ちゃんは?」
理世子さんは、考える振りをしながら
「う~ん。49歳ぐらい?」
と言った。
(えぇ!うっそぉ~。どうみたって50代。逆立ちしたって59ですぅ。下手したら60歳いってるんじゃないですか?)
心の中で、苦しくもがいた。
お客様は恥かしそうに言った。
「実は、58歳なんだ」
「やっぱり?バンザイ!大当たりだぁ!私の勝ち!」
一人盛り上がる私に構わず、理世子さんは続けて言った。
「驚いたぁ。全然50代なんかに見えない」
最後のとどめを刺す。
「いやぁ。そうかなぁ?」
頭を掻きながら、お客様が満面の笑みで言った。
「ちょっと福ちゃん」
私は、途中、突然席を立った理世子さんに手招きされ、店の隅に呼ばれた。
「あのね、お客さんに、福ちゃんは、いらないって言われちゃったの」
「えぇ?そうなんですかぁ」
遠慮しないで頼んだビール?それとも、本当の歳、当てちゃったの、まずかったのかな?
お客様が福をいらないって、いつ言ったのだろう。
どちらにしても、理世子さんにとっては、福が邪魔に決まっている。
自分のお客様にする為には、目の前の邪魔者は排除して行く世界だと知ったのは、ずっと後の事だった。
しかし、何と残酷な告知だろう。
「い・ら・な・い・福」
福をいらないなんて!
「ビール、ご馳走様でした。失礼致します」
頭を下げたが、すでに見つめ合っている二人に、私などまったく眼中にはなかった。
つづく