東京グランドキャバレー物語★26 ホステスさんの副業は?
お店に入ってから、何人もの女性が、実はもう一つ他にも仕事をしている事に気がついた。一日24時間の中で昼も夜も稼いでいる女性がいる。
頑張れば平均OLの一ヶ月のお給料に引けを取らない夜のお仕事。さらに昼間の仕事をしてダブルインカムを目指すとは!見上げた根性だ。私は、今まで安心安泰と言うホステス業だけにあぐらをかいたことを深く反省した。
昼間の時間も、若いうちに?体を使って働こうではないか!
いったい他の女性は、ホステスの他にどんな副業をしているのだろうか?もしかして、昼間の仕事が本業で、ホステス業が副業だろうか?謎は解明せねばと調査を開始した。
ホステス A ホテルのベットメーキング
ホステス B 建設会社の会計事務
ホステス C スーパーのレジ
ホステス D 個人株式投資
ホステス E 寿司屋のホール
ホステス F レジャーホテルの受付
ホステス G 会社の事務
ホステス H 時短の美容師
ホステス I 児童館のお手伝い
ホステス J ケーキ屋の裏方
こう見ると体力勝負か、脳ミソを使うかに分かれるようだ。
頭脳を酷使するより、丈夫な体を使った仕事の方が、どこから見ても福には向いている。体力を使う仕事は、どちらかと言うと外国人ホステスさんが主流を占めている。私も仲間に入れるだろうか?
ベッドに巨大な白いシーツを広げシワがない様に二人がかりで端を引っ張る、床に掃除機を掛けトイレ、バスルーム等をピカピカに磨き上げる。二人一組で順番に一部屋ごと掃除して行くベットメーキングの仕事。これなら私も出来るのではないか?
チャイナホステス、ビビアンにそれとなく、ベットメーキングの仕事はどう?と聞いてみた。
面接官の様にビビアンが私のつま先から、頭までをジロリと見ながら言った。
「あのね、ベッドシーツを交換するのも簡単ではありませんよ」
「はい」
「いつも中腰だから腰が痛いですよ~。最近はね、行儀の悪い団体客が来る!」
「あいつら爆買いツアーとか言って2月になると日本にやって来て、あったま来るぅ!」
段々と、鬼化するビビアンの表情。
後ずさりするほどのビビアンの剣幕。
「どれだけ部屋を汚すと思うかね!」
お国の同胞の立ち振る舞いに、苦々しい表情でまくしたてながら、店の更衣室に消えて行った。ベットメーキングの仕事は過酷な様で撃沈した。
それなら受付嬢はどうか?
企業の顔となる受付け嬢とはいかないが、顔が見えない受け付けも悪くない。昼間から怪しく薄暗い妖艶な雰囲気を醸し出すそこは、大人のテーマパーク。ラブホと呼ぶのは、もう昔。合言葉は、レジャーホテル。
大柄でいつも大きな声で話し笑い、豪快にビールを飲む。
この人が、あの場所で受け付けをしていると言う噂のミッチーこと道江さんか。
「それでさぁ。この前、受け付けの仕事行ったらさぁ。スナック〇〇の裕子ママと、あのちょっと痩せた真面目そうな男性、そうそう来たのよ!噂通りだったのよね~。駄目よ!誰にも言っちゃ!近所なんだから。ねっ。監視カメラでお顔は、バッチリよ!ヒャッヒャッ」
楽しそうに体を揺すりながら、携帯電話で話している。待ち席に座っているホステスのお姉様達は目を閉じながら頷く。
私も目を閉じ、近所での振る舞いも気をつけないと、と身ぶるいした。
レジャーホテルに行く予定も相手もいないが、今はどんな所にでもカメラあって、どこかの誰かに見られているかもしれないのだ。この仕事も自分には合わない、とスルーした。
今日の夜は、チャイナホステスのエミルの席に呼ばれた。
「福ちゃん、もうお店に慣れたでしょう?昼間の仕事を探しているんだって?ビビアンから聞いたわよ。福ちゃんはビールが好きだったわね」
自分のお客様に私を紹介しながら、福の好きなビールを注文して下さった優しいエミル。
しかし、しばらくすると突然、目の前のエミルが隣のお客様に詰め寄った。
「あの銘柄良くなかった!買って損しちゃったわ」
お客様を睨みつけながら、氷の入ったグラスをマドラーでグルグルかき混ぜながら、そんな事を言っている。
そうだった!エミルは、お客様から情報を得て、株の売買をしている投資家なのだ。これも立派な副業だ!
「そんなに怒りなさんな。投資と言うのはギャンブルみたいなもので上がったり下がったりの世界なんだよ。そこが面白いんだよ。どんな人間だって、ずっと勝ち続けるなんて有り得ないんだ!」
「それでも私は、キューさん(お客様の愛称)を信じて買ってるのよぉ」
「おいおい責任重大だな!」
エミルも、口を尖らせながらも、いつものにこやかな顔に戻っている。
「福ちゃん、あなたも稼ぎたいなら投資を勉強しなさい。体を酷使して働くより、ここで得たお金を投資に回した方がどれだけ割りに合うか。当たれば凄い事になるのよ!」
単純な福は、エミルの当たれば凄い事になる!と言う言葉に酔いしれる。
今まさに資産形成を、と動き始める世の中、投資家にならずして何になる?遅れを取ってはならない。体を酷使するより、ちょっと楽かもしれない。
「それで、いったいいくらほど投資には、お金が必要なんでしょうか?」
おそるおそるエミルにたずねる。
「そうねぇ最低百ぐらいは、ないとね。面白くないわね」
ブフッ!手に持っていたビールのジョッキを危うく落しそうになる。
一瞬で夢から覚める福。
「あのエミルさん、百って百均の百ではなく、どの百と言う意味ですか?」
「福ちゃん、面白い事言うわね~。凄い事になる為には、凄いお金を投資しないと凄い事にはならないのよ。ねぇ、キュ―さん」
満更でもなさそうな顔で、お酒の勢いを借りたキューさんが身を乗り出して、福に向かってこう言った。
「そうだ!じゃあ、福ちゃん!あそこの何とかって言うレジャーホテルで投資について個人レッスンしてあげるよ!」
「ひぇっ!」
真っ赤な顔で福が飛びのいた。
「きゃあ!あそこはダメですよ!あそこは!カメラが!」
何を血迷ったか、おかしな返事をしてしまった福に、エミルとキュー様は、大笑いした。こういう状況を穴があったら入りたいと言うのだろう。
二人の冗談に、福のホテルはダメです!と叫ぶ大真面目な返答に大笑いした様だった。
投資家になるには、まず投資をするお金を稼がねばならない。副業するのにもお金が必要だとは・・・。
福の副業探しの旅は、前途多難の始まりとなった。
つづく