女の朝パート111
ライジングサン。
凍てつき冷えきった大地に柔らかな陽光が降り注ぐ。
今日の日付は2月8日。土曜日。そして土曜日。。
朝の7時30分頃、家を出る為自宅の玄関にいた女は、
ドアノブをまわす前に一呼吸すると、
準備完了と呟き玄関の扉を押し開けたのだった。
駅へ向かう道中、女は群れてるすずめ達を発見した。
すずめ達の軽やかなステップワークはいつみても同じで、
いつでもチュンチュン鳴いていた。
泣くほど辛いならおうちへ帰りなさい。
『デ、アナタノオウチハドコデスカ?』
片言の日本語を喋る外国人観光客のように、
女は今日も、
日の出の共に現れたすずめ達の姿を発見した時、
訳もなく、
アナタノオウチハドコデスカ?と、
すずめ達の群れに向かって囁いて仕舞った。
それは今でも変わらない事なのだが、
時として、
日の出とすずめ、すずめのおうちと言う、
謎とも思えるすずめ方程式が女の頭の中で勝手に組み立てられ、
そして出来上がると、
物凄い早さで女の頭の中を占領したのだった。
謎である。そして謎は痛い事なのだと思った。
何だかすっきりしないと思いながらも、
女は、土曜日になると必ず電車に乗った。
電車の中は暖かい。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
走っては止まるを繰り返しながら、
大勢の乗客達をそれぞれの目的地まで運んでくれる。
決められたルートを安全に。そして快適に。
気持ちが良い。
女は無意識に呟いていた。
そして、
出来ればおんなに逢うのは今日で最後にしよう。
女は、電車の中で、そして心の中で呟いたのだった。
暫くし、女は、
JR東日本山手線沿いにある田端駅で下車をする。
万事休すだと思った。
そして、そのまま駅ビルアトレの方へ入るとエスカレーターで2階へと運ばれる。
女はその間言葉が出なかった。
何をしなくとも身体と心が勝手に運ばれる居心地良さに、
文明利器の発展と、それに携わった人たちへに対し、敬意を示し、感動せざるを得られなかったからだ。
実はこの時、女は自分の足元が救われるような衝撃も味わっていた。
立ち眩みかもしれないと心の何処かで不安に思いがらも、暫くの間は胸の動悸や息切れもおさまらないで、ドキドキしていた。
それは、今日が最後と決めたおんなに対する執着なのか、それともエスカレーターが原因なのかはわからなかった。
ただ、自分の人指し指が何故だか無性に震えたがっていることも知った。
ひょっとしたら、
この時ばかりは思考は停止し、身体も硬くなっていたかもしれない、、、と、又別の考えも浮かんだ。
とりあえず、無事に到着。
本屋を越えた先にスタバがありそこにおんながいる。
今日で最後だ。本当に最後だ。
女は慎重に歩みを進める。
ところが、女が歩く度、
女の大きなお荷物、がらがらは、
頭の奥深い所まで響くような不快な音を出した。
仕方がない。それでもおんなに逢いに行く。
おんなは今日もいた。
いつもの席に座り珈琲を飲んでいる。
週に一度スタバに来る理由。
それはおんなに逢う為。見る為だ。
為な事はダメな事かもしれないと思いながらも、
今日も又来て仕舞う。
ともあれ、
おんながスタバにいる事を知ると安心した。
おんながいつもと変わらず、
平和で落ち着いたスタバ時間を送っているのを見るのは、
自分の心が安らぎ、
香り豊かなスタバの珈琲を飲みながら、
目的と味のある溢れる、
喜びのスタバ時間を送っていることが目に見えてわかったからだ。
おんなを見ることで、女自身も、
ここスタバでの目的や喜びを取り戻せそうな気がした。
例え、その理屈が他の誰に理解されなくてもだ。
初めておんなに逢ったのはいつだった?
女は、写メをとり、珈琲を飲むと、
今ではその時の記憶だけがごっそり抜け落ちて仕舞った事に気がついたけれど、どうでも良かった。
きっかけが何であろうと、
今は、
週に一度の土曜日だけおんなに逢う事の方がよっぽど重要なのだから。
それからと言うもの、
女は自分の心に芽生えた小さな種を発見すると、
誰に言われる事もなく、
その誰もいなかったけれど、
おんなに逢う為だけ田端のスタバに通った。
今では多くの時間をおんなと共に過ごしてきたつもりでいる。
しかし今日で、おんなに逢うのは最後にする。
残された数分、
いつもと変わらない時間を過ごすのだ。
完。