【自作小説】クロッカスの舞う夜に。#15(最終話)
Overlap.
ゆい君と別れてからは、仕事に対する精がより一層増した。本格的にお酒の勉強を始めて、お店でも積極的にバーカウンターに立った。
様々なお客さんの相手をしているなか、珍しく若い女性が1人で来店した。1人で来ているお客さんは基本的にカウンター席へ案内するので、必然的に会話をできる距離にいる。
話の中で同い年ということが分かったので、店員と客という距離間は保ちつつも、すぐに意気投合した。仲良くなってしまったことで気が緩み、つい振られた話をしてしまった。
彼女にも1ヶ月ほど前にお付き合いを始めたばかりの男性がいるみたいなので、自分を皮肉るように「お幸せになさってください」と声を掛けた。
ローテ出版に勤めているという会話が出たので、伊豆旅行の時に雑誌を購入したことを伝えた。
「おお、ありがとうございます。私のいる部署の担当ではないですが、ありがたい話です。」
「そうなんですね。ちなみにお客様はどういった雑誌の部署なのですか?」と、定型文のような質問をして返す。
「インテリア誌の担当です。旅行誌やファッション誌ほど売れるようなものではないですけど、興味があったらぜひ読んでみて下さい。ちょうど私が担当したキッチンデザイナーの方のインタビューページもあるので」
「インテリアですか!卒業した大学が建築系だったので興味はあります、12月号チェックしてみますね」
1時間ほど滞在した彼女は「楽しかったです。また来ますね」と名刺を渡してくれた。個人名刺を持っていない私は、ショップカードを渡した。書かれている名前を確認して名前を読み上げる。
「素敵なお名前ですね。今日はありがとうございました。またのご来店お待ちしております」と丁寧にお礼を伝えた。出口までお見送りへ行き、彼女の帰りを見届けた。
同い年で活躍している人を見ると、このままフリーターでいるのは駄目だと最近思うようになっていた。それと同時に、バーテンダーになりたいという夢も強く思うようになった。店長とその話をすると「俺の知り合いに紹介してみるよ。そこで修行してくるといいよ」と快く相談に乗ってくれた。
先の暗い人生かと思っていたけれど、案外明るいかもしれない。目の前にあるわずかな光を掴んで、自分の夢を叶えたい。ゆい君を見返すためにも。
後日、出版社のお客さんが話していた雑誌を探しに本屋へ入った。ローテ出版のコーナーにいく前にバーについての情報誌も何冊か手に取った。
ようやく彼女の担当したページのある雑誌を見つけた。まずはそのページから見てみようと、流し見をしながらめくる。
目的のページに辿り着き、見開き1ページに大きく配置された見出しに目線が自然と移る。その大きな見出しを見ながら、無意識のうちに涙で目が滲んできた。2人でこの記事読みたかったな。
「新進気鋭の若手デザイナー・星川唯月に聞きたい12のこと」
完
【あとがき】
全15話に渡る連載をお読みいただき、誠にありがとうございました。
一度読んだだけではこの物語の全容を理解しきれない。いや、そうあって欲しい。
そんな読者の手助けをする気持ちを込めて、少しだけ解読を。
※以下ネタバレが含まれますのでご注意を
ローテ出版に努める弥生が特集記事のインタビューを担当することになった星川唯月。彼との出会いはカフェでのインタビュー当日。一目惚れなんてある訳ないと思っていた彼女の衝動的な恋心を描いた第1章「Long hand.」
大学時代に想いを寄せていたゆい君との偶然の出会い。幾度か会うことを重ねて相思相愛に。しかし最後にはゆい君からの突然の別れ。第2章「Short hand.」
#3と #11に描写のあった、デートで利用した飲食店。#11ではCHRONOSTASIS(クロノスタシス)と店名も表記されていた。2組のカップルが利用した店の店内描写。文章表現からは全く別の店舗に思えるのだが、実はどちらも同じCHRONOSTASISなのだ。
ふたつの空間描写の最後だが、どちらも実在の名画ゴッホの「夜のカフェテラス」なのだ。
言葉ひとつで読者はいくらでも空間を想像できる。それは読者の経験値によって想像の引き出しは異なる。それを逆手に取った、今作の描写で最も力の入れた部分である。
他にも随所にトリックを散りばめているのだが、それは再読にて確認して欲しい。
ただ皆さんへ最後のヒントを残す。
Long handとShort handとは時計の長針・短針の意味がある。つまり、全ての事象は常に、共に動いている。24時間のうち一度だけ重なるタイミング(Overlap)がある。
あぁそうだ、星川唯月は電話予約で漢字をこうやって伝えていた。
「唯一の唯(ゆい)に…」