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[実話怪談]霊の棲む家

私が小学5年生の頃、半年くらいの短い期間住んでいた家がある。これは母と3つ上の姉、そして私自身がその家で体験した怖い話だ。

母の友人の紹介で秋田県の県南の町に引っ越すことになった。その家は、2階建ての一軒家で元は畳屋だったそうだ。

1階は3つの和室と台所、トイレとお風呂場、そして大きな倉庫と小さな物置部屋があった。2階は3部屋あり、1部屋だけ洋室となっていて、母と姉、私の3人暮らしには広すぎるくらいの家だった。

とても古い木造の家で、傾いているのか2階の部屋にビー玉を置くと、コロコロと転がってしまう、ボロ屋という言葉がぴったりな家だった。

小さな物置部屋には何故か前の住人の私物がそのまま置かれていたり、畳屋だったこともあり倉庫には畳が積み上げられていたりと、少し変な賃貸物件で、そのせいか家賃は1万円という驚きの安さだった。

この家に初めて足を踏み入れたのは内見の時だった。その時、小学5年生の私が最初に思ったのは、違和感と不気味さだった。

部屋数が多くて一部屋一部屋広々としていて「ここは私の部屋にしよう」とか「すごく広いしかくれんぼしたら楽しそう」とか最初はワクワクしながら姉と一緒に家の中を探検していた。

しかし、台所の奥にあるお風呂場とトイレを見ていた時、更にその奥の物置部屋に目が留まった。

窓の無いその部屋は昼間にもかかわらず薄暗かった。裸電球がぶら下がった部屋の中には、ロープや工具、毛布などゴチャゴチャといろいろな物が置かれていた。無造作に置かれた縄のロープを見た時はなんとなく嫌な気持ちになった。

なんだか怖くなり、隣りにいた姉をチラッと見ると姉もまた不安げな表情を浮かべていたのを今でもはっきりと覚えている。その物置部屋だけ前の住人が住んでいた時のまま時間が止まっているような感じがして不気味だった。

普通の人なら前の住人の物が放置されている廃墟のようなボロ屋に住みたいなんて思わないだろう。

だけど当時、母はシングルマザーで体も弱く働けず生活保護を受けていた。二人の子供を育てないといけないので、選り好みはできないし、家賃も1万円と安く私達が通う学校も近くにあり立地も良かったので即決だった。

私は本音を言うとこんな不気味な家に住みたくなかったが、母が大変なことを知っていたので何も言わなかったし、姉も同じ気持ちだったと思う。

そんな家での新たな生活が始まって、最初に怪異な体験をしたのは母だった。

キッチンの隣の居間で、夕飯を食べ終えテレビなんかを観ながら3人でゆっくりしている時に母が唐突にこんな話をしだした。

「この家…男の幽霊がいるかもしれない…」

私は意味が分からずなんの事か母に聞いた。

居間の隣の部屋は私と母が寝室として使っていたのだが、この寝室はもう一つの和室(玄関も近く客間として使っていた部屋)と挟まれるような形で真ん中に位置していた。引っ越してきた初日の夜に布団に入りウトウトしていた母は、障子の向こうの客間で誰かが歩いている音を耳にしたという。

時刻は夜10時を過ぎていて、母は泥棒でも入ってきたのかとびっくりして、足音が聞こえている隣の客間に続く障子をガッと開けたそうだ。しかしそこには誰の姿も無く、戸を開けた時には足音も消えていたという。

その日から度々、寝室で寝ようとしていると客間の方から足音が聞こえてくるようになったそうだ。最初は誰か侵入してきているのかと不安で戸締まりをしっかりしたり、足音が聞こえたらすぐに隣の客間を確認していたが誰もいないので「これはこの世の者ではないな」と思ったという。

また、足音だけではなく日に日にその気配を強く感じるようになり、寝室と客間を隔てている障子越しに黒い人影が動くのが見えるようになったそうだ。その人影は客間を通り階段の方へ消えていくのだと母は話した。

そんな話を聞いて怖がっている私の横で、姉が静かに話し始めた。
 
「実は私も足音聞いたことある…っていうか何回も聞いてる…」

2階の1部屋だけある洋室は姉が使っていたのだが、階段を誰かが上ってくる足音を何度も聞いているという。その足音はぎしっ…ぎしっ…ぎしっ…とゆっくりゆっくり上がってくるので、母か私が脅かそうとしてるんだと思って、部屋を出て階段の方を確認しに行ったが誰もいないんだと姉は不思議そうに話した。

最初に母の話を聞いた時は怖がらせようとしてるんだと半信半疑だったが、姉も母と同じ体験をしていると知って、2人とも嘘をつく理由がないし、この家には本当に幽霊が棲んでいるんだと確信して怖くなった。

私はこの家で幽霊を見たり足音を聞いたりといった体験をしたことはなかったが、2階のある部屋がなんとなく怖いと感じていた。

階段を上がってすぐ正面にある部屋なのだが、その部屋だけ異様に寒かった。窓もあり日当たりが悪い訳ではなかったが、何故か部屋に入った途端にヒヤッとする。それに黒カビが壁一面に生えていた。

私は昔観たホラー特番で、黒カビが生える場所には幽霊がいるとある霊能力者が言っていたのを思い出し、それ以来この部屋には入らなかった。

母と姉は怪奇現象に遭遇するたびにどんなことがあったのか話してくれた。その中でも私が記憶に残っている強烈な話しが2つある。

1つはある時、私と姉が学校に行っている時間、母が一人台所で夕飯を作っていると

ぺタッ…ぺタッ…ぺタッ…

と物置部屋から歩いてくる足音が聞こえてきて、徐々に母の方へ足音が近づいてきた事があったそうだ。息遣いが聞こえるほど近くまで来ると立ち止まり、じっと母を見ている気配を背中に強く感じたという。怖くて動けないでいると足音は方向を変え客間の方に行き、段々と音が小さくなり消えたという。

2つ目は姉が自分の部屋で体験した話だ。姉は自分の部屋の押入れをちょっと改造して、押し入れの上段に布団を敷き、向こう側が透けて見える白のレースカーテンをして寝ていた。

寝る時はいつも豆電球を付けていて、その日もいつものように押し入れの中で寝ていたが、ある音で目が覚めたそうだ。

ぎしっ…ぎしっ…ずるっ…ぎしっ…ずるっ…

階段を上がってくる足音だ。

「あーまたいつものか…」  

この頃には姉も怪奇現象に慣れていて「またあの足音か…階段を上がりきったらまた消えるだろうな」

そう思って待っていたがその日はなにか違っていた。

壁に体を擦り付けながら階段を上がってくる。

ぎしっ…ぎしっ…ずるっ…ぎしっ…ぎしっ…ずるっ…

階段を上がりきっても音は消えず、壁に体を擦り付けながらずり…ずり…ずり…と廊下を歩いて姉の部屋に近づいてきたという。

ついには扉を開けて姉の部屋に入ってきたそうだ。

男の黒い人影は部屋の真ん中まで来るとピタリと止まった。

レースのカーテン越しだが、男の身長や体付きなどわかるくらいはっきりと見えたそうだ。

ジャッ!

姉が勇気を出してレースのカーテンを思いっきり開けると、男の姿は消えたそうだ。

私はその話を聞いて「そんな風にカーテンなんか開けて幽霊が消えなかったらどうするの?怖くなかったの?」と姉に聞いた。すると、

「怖かったけど…何もしないでいたらなんか…こっちに来そうだったんだよね。そっちの方が怖いじゃん」

そう姉は答えた。

その後も引っ越しをするまでの期間、毎晩のように母と姉は男の足音を聞いたそうだ。

これは20年以上前の話なので今もあの家があるのかわからないが、もしまだあの家があるのなら、いまだにあの家では夜な夜な男の霊が徘徊しているのかと想像するとゾッとする。

物置部屋に置かれた縄のロープ、後から増築されたような2階の洋室、物置部屋から2階の洋室へ徘徊する男の霊。

今思い返してもなんとなく嫌な想像をしてしまうそんな家だった。





 















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