清音寺を訪れて
僕は、だいぶ以前から、2、3ヶ月毎に城里町の「清音寺」を訪れている。清音寺は、北関東では珍しい禅宗臨済宗南禅寺派の別格地である。暗い杉林の中の参道を過ぎると、突然、山肌をえぐって作ったような窪地に出る。斜面は低木や木々に囲まれている。茶畑の向こうに本堂がある。全く音がしない。世俗から隔離された空間である。「禅境」と言うのだろうか凛とした空気があたりに張り詰めている。水戸光圀公もこうした雰囲気を愛してわざわざ「静山荘」から何度も歩いて訪れている。そして、当時の住職と漢詩を作ったりして親しく過ごしている。
僕が度々清音寺を訪れるのも、こうした「禅境」を味わいたいがためである。住職とお茶を飲みながら、植物や音楽やコーヒーのこと、座禅や宗教、世相、政治のことなどを、楽しく話していると時間が経つのを忘れる。住職は、若い頃から長い間、本物の禅修行を積んだ方だけに言葉が鋭い。洞察が深い。
今日も、気がついたら午後をだいぶ回っていて、すでに本堂は影っていた。でも、僕はなぜか早朝のような清々しさだった。
(参考までに)
清音寺の草創は承和4年(837)と古く、嘉祥元年(848)には仁明天皇の勅願所でもあった。文和元年(1352)には佐竹義篤が復庵禅師を招き、独立本山の臨済宗清音寺として改宗し関東屈指の林下修行道場となると共に父佐竹貞義の菩提寺とした。今でも南北朝時代建立の佐竹貞義、義篤の宝筐印塔が良い状態で残っている。江戸時代に入ると、幕府から別格の庇護を受け隆盛を極めたが、明治の廃仏毀釈と昭和の火災により堂伽藍や仏像、寺宝はことごとく四散、消失した。現在のお堂はその後の再興である。庭に水戸光圀公が「初音」と名付けた古内茶の原木がある。