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ショートショート『腹の立つ相手』
「いたっ! おい、誰だよこんなところに空き缶捨てたやつ!」
後方から聞こえてきた声に、俺は忍び笑いをする。ふん、やっぱりな。ざまーみろ。俺に説教なんかしてきた罰だ。
「今さ、係長が派手にスッ転んでたぜ」
そう声をかけてきた同僚に、俺は思わず「いい気味だ」と返す。
同僚は、俺に同意せずに顔をしかめた。
「あれは打ちどころ悪かったら結構大変だったぞ。そんな言い方はやめろよ」
その言い草に俺は少々ムッとする。だけど、そこまで根にもつこともない。だって少しすれば、ほら。
「あれ、ポケットにいれておいた小銭がない! おかしいな、お茶買うためにいれておいたはずなのに……」
同僚はポケットを裏返して小銭を探し回る。それを見て俺は心の中でほくそ笑む。
俺が腹を立てた相手には、俺の腹立ち具合に応じて不幸が訪れる。
この現象が起き始めたのは一週間前のことだった。あのときは、俺に「もうちょっと周りに気つかってよ」なんて言ってきたパートのおばさんが、その直後に、買ってきたお茶を全部床にぶちまけていた。楽しみにしていたちょっとお高めのお茶だったらしい。
偶然では片付けられない回数で、こんなことが立て続けに起きている。
腹の立つ相手にそれ相応の不幸が訪れるなんて。
もしかしたら、俺は神に愛されているのかもしれない。
「そっちはこれから倉庫で作業だっけ? がんばってね」
可憐な声に顔をあげると、そこにいたのは職場のマドンナだった。同僚はさわやかに「ありがとう」と言い、マドンナはにっこりと微笑んで頭を下げる。
あの子は美人なだけでなく誰にでもやさしい。くそ。俺もお礼が言えていれば、あの微笑みを向けてもらえたかもしれないのに。こんなときとっさに声が出ない自分に腹が立つ。
その瞬間、俺のスニーカーの靴紐がぷつんと切れた。
(了)