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LLMの動作を制御:6つの性格特性に着目「新しいフレームワークHEXACO」

心理学を背景にした「性格の要素」とAI技術の交差点は、今やビジネスの世界でも注目されています。たとえば、オンラインのチャットツールや問い合わせ対応で使われるLLMに、もし「人間らしい性格」を与えられるとしたら、それは単なる遊び心以上の価値を生むかもしれません。

顧客とのコミュニケーションから会議のファシリテーションまで、あらゆるビジネスシーンで「ちょうどいいAIの性格」をどう活かせるのか。今回の話題は、このようにビジネスの最前線で活きる実践的な視点を含んでいます。




まえがき

人間の世界では、「あの人は優しい」とか「協調性が高い」など、お互いの性格を言い表すことは当たり前ですね。では、AIであるLLMにも性格を与えられるとしたらどうでしょうか。

今回の記事では、心理学で確立されつつあるHEXACOモデルをヒントに、LLMの「人格調整」がどのようにビジネスを変えられるかを探っていきます。単なる興味本位ではなく、具体的なメリットや注意点まで踏まえながら、新しいAI活用の形を見ていきます。


HEXACOでLLMの「性格」をコントロールする?

そもそもなぜAIに「性格」が必要なのか

ビジネスパーソン向けのAI活用は、単に「作業を自動化する」だけでなく、もっと人的なコミュニケーションや意思決定支援を望む場面が増えています。

たとえばチャットボットがカスタマーサポートをする際、単に回答の正確さを追求するだけでなく、ユーザーが「話しやすい雰囲気」を求めることも珍しくないでしょう。ここでいう「性格」とは、言葉づかいやテンション感、相手への配慮度合いなどに関わるものです。

しかしながら、AIに「性格」を与えるときに発生し得る問題があります。たとえば過度にユーザーに迎合しすぎて、誠実さを損なう場合や、逆に攻撃的・差別的表現(毒性)が混入してしまうリスクです。実際に、偏見を含んだ回答が出たり、過激な表現が紛れ込んだりする事例もいくつか報告されています。

そこで注目されているのが、心理学の「HEXACOモデル」を活かして、LLMの動作を制御するというアプローチです。HEXACOは後述するように、6つの性格特性に着目する新しいフレームワークであり、単なるロールプレイではない心理的に裏付けのある個性付与を試みるためのヒントをくれます。


 HEXACOとは? ざっくり解説

HEXACOは心理学研究で提案された性格モデルで、「正直さ-謙虚さ(Honesty-Humility)」「感情性(Emotionality)」「外向性(Extraversion)」「協調性(Agreeableness)」「勤勉さ(Conscientiousness)」「経験への開放性(Openness to Experience)」の6つを主軸としています。ビッグファイブやMBTIは耳にしたことがある人も多いでしょうが、HEXACOはその進化版のような立ち位置です。

・「正直さ-謙虚さ(H)」:誠実さや自己中心性の低さを示す
「感情性(E)」:感情が揺れ動きやすいか、冷静沈着かを示す
「外向性(X)」:社交的で活発か、人前での発言が好きかなど
「協調性(A)」:対立を好まず、他人を許せる度量があるか
「勤勉さ(C)」:計画的か、粘り強いか、責任感が強いか
「経験への開放性(O)」:好奇心旺盛か、新しいアイデアを楽しむか

人間相手に使うと、かなり納得感のあるフレームワークですが、これをLLMに「プロンプト」として埋め込むと、ある程度性格をシミュレートした出力が得られる可能性があります。


実験のざっくり概要

研究では、複数のLLMに対し「あなたは正直さ-謙虚さが高い性格設定です」「協調性が低い設定です」といった指示を与えて、出力を比較しました。さらに、バイアスや毒性を測るための定番データセットを使い、具体的にどれだけ差が出るのかをチェックしています。

・BBQデータセット:多肢選択式の設問を通じ、どの程度ステレオタイプな回答をするかを検証
BOLDデータセット:自由記述型のプロンプトに対して、どれだけ偏りや差別的表現が出るかを評価
RealToxicityPrompts:過激な内容を誘発しやすい文脈を与え、毒性度を測定

ここで使われる「性格特性の高・低」は、それぞれスコアで示されます。たとえば「外向性が高い性格設定」であれば陽気なトーンの回答、「外向性が低い設定」なら慎重で控えめな答えをするなど、興味深い違いが観察されました。


バイアスと毒性に対する主な発見

実験の結果をまとめると、以下のような傾向が見られます。

  1. 協調性(A)が高いと、偏見や有害表現が抑制されやすい
    人間で言えば「争いを好まない」「相手を尊重する」性格です。これがLLMに設定されると、攻撃的な返答や特定の属性へのステレオタイプが減少するという結果が多く出ています。

  2. 正直さ-謙虚さ(H)が高いと、毒性が下がる
    反対にこのスコアが低いと、過度なお世辞(皮肉や媚びに見える表現)や、別の危険な返答も増える。興味深いのは「Hが低い」設定にするとポジティブ度合いが上がる場合があるのですが、それが必ずしも望ましいかというと別問題です。利用者からすると「本心が見えない」と感じてしまうリスクがあるため、ビジネスでは使いどころが難しそうです。

  3. 外向性(X)が高いと、回答が活気づくが…
    ポジティブな表現が多くなる一方で、意見が強めに出やすい傾向も。一部の領域では非常に好感度を上げられるかもしれませんが、シビアな場面では慎重にならないと、余計な発言をしがちになるかもしれません。 

  4. 感情性(E)は高い/低いどちらでも毒性が上がる例も
    感情表現が豊か=優しい、と単純にはいかないのが難しいところ。高すぎても動揺しやすく、低すぎると冷淡すぎる回答になる恐れがあるようです。


ビジネス活用の視点:顧客対応における留意点

ビジネスパーソンにとって、まず注目したいのは「顧客対応において、どの性格特性が好影響をもたらすのか」という点でしょう。

たとえば、オンラインでの問い合わせ対応チャットボットに協調性を高める設定を付与することで、丁寧で配慮のある返信がしやすくなり、クレーム対応が少しスムーズになる可能性があります。

一方で「外向性や感情性を高く設定しすぎる」と、場面によっては余計なことをしゃべりすぎるリスクがあります。ビジネス現場では、ユーザーに安心感を与えつつも、不要な情報を出しすぎないバランスが肝要です。

もしあえて「外向性」を高めるとしたら、商品の魅力を楽しそうに説明するといった営業向けの使い道には合っているかもしれません。


 チーム内コミュニケーションへの応用

社内のチャットボットや情報共有ツールにLLMを組み込むケースも増えています。これらのツールに「協調性」や「誠実さ-謙虚さ」を高く設定すると、フラットな情報共有を促進しやすくなるでしょう。

あるいは、新しいアイデアを求めるブレインストーミングでは「経験への開放性(O)を高める」と、多様な提案が得られやすくなるかもしれません。

ただし、あまりに感情表現を強くすると、やり取りがエモーショナルになりすぎて議論が脱線する恐れもあります。ビジネス向けには、基本的には「協調性高め&感情性ほどほど」という組み合わせが、最も安定する傾向があるようです。


人事や採用プロセスでの注意点

人事や採用の場でLLMに「性格」を持たせてツール化し、候補者の質問に答えさせたり、スクリーニングの一環で使う試みも考えられます。

ここでは「バイアスの抑制」が特に重要です。例えば人種・性別・年齢などのセンシティブな属性に対して、そもそも差別や偏見が入らない設計が欠かせません。

研究結果によると「協調性が高い設定」や「正直さ-謙虚さが高い設定」は、そういった偏見を緩和する働きが期待できます。

逆にスコアを低く設定したLLMを長期的に使うと、人事ポリシーそのものが疑われたり、企業の信頼失墜につながりかねません。あくまで特定状況のシミュレーションなど限定的な利用にとどめるのが安全でしょう。


実装が簡単でコストも低い?

興味深いのは、これらの性格特性をLLMへ与える方法が比較的シンプルである点です。性格に関する指示(プロンプト)を工夫するだけで、ある程度は望ましい出力を得られます。

特別な追加学習や大規模パラメータ調整をせずとも、プロンプト内で「あなたは○○が高い性格で…」と書いてしまえばよい、というわけです。

もちろん、完璧な制御とは言えませんが、スピード重視のビジネス現場では、この「低コストですぐ試せる」アプローチは大きな利点でしょう。新しいプロジェクトで手軽にABテストをしてみたり、カスタマーサポートの雰囲気を確認したりと、アイデア次第で応用先が広がります。


ただし問題点もある:過剰なお世辞や偽りのトーン

本研究で指摘されているように、「正直さ-謙虚さ」が低い設定だと、毒性こそ下がるものの、代わりに「お世辞過多」な回答をする傾向が観察されました。これはユーザーからすれば「おべっかを言われているように感じる」不快感や、逆に違和感を持たれるリスクがあります。

ビジネスで大事なのは顧客・従業員との長期的な信頼関係です。「とにかく褒めればいい」という態度は、長い目で見ればむしろ逆効果でしょう。LLMに性格設定をする場合も、どの要素をどのくらい強くするか、バランス感覚が求められます。


心理学×ビジネスの可能性

心理学から学べるのは「同意(協調性)が高い=他者を受け入れる姿勢」「経験への開放性が高い=新しい情報を柔軟に受け入れる姿勢」など、人間社会におけるポジティブな要素です。

これをAIに適用することで、ビジネスコミュニケーションの円滑化を図ったり、ユーザーの満足度を高める可能性があります。

一方で、心理学の道徳的側面(たとえば「正直さ-謙虚さ」)を適当に扱うと、AIが不誠実な対応をしているように見えたり、過度に媚びる振る舞いで逆に反感を買うケースもあるでしょう。

ゆえに、心理学のフレームワークをうまく活用するには、常に人間の目による監視やチューニングが不可欠です。


ビジネス現場で今すぐ試すには?

実際に社内チャットボットや顧客問い合わせシステムを構築している方であれば、次のステップを試してみるのも一案です。

1. コンセプトづくり:チャットボットに「どういうキャラクター」で応対してほしいか定義する。たとえば「高めの協調性+ほどほどの外向性」など。

2. プロンプト設計:LLMへの初期メッセージで、具体的な性格指示を書く。例:「あなたはとても協調性のある人格で、他者の意見を尊重しながら丁寧に受け答えをします」など。

3. 小規模テスト:実際にユーザーやチームメンバーが触れてみて、回答が想定とずれていないか検証する。

4. フィードバックと再調整:もし回答が「お世辞の連発」になっていれば、誠実さをもう少し高めるよう再調整する。あるいは毒性が残っていれば「協調性」をさらに上げるなど試行錯誤。

このようなサイクルを回すことで、実際に導入可能なサービスに近づけられます。


倫理観と法的側面への配慮

ビジネスでLLMを使う場合、倫理と法的リスクの観点も忘れてはいけません。たとえば「特定の人種にネガティブな回答をする」ことが起これば、企業の評判に関わりますし、社会的批判を浴びる可能性があります。

つまり、AIに個性を付ける際にも、基本的なガイドラインやコンプライアンスを守る必要があります。

さらに「心理学の要素」を誇張しすぎて、ユーザーの心理を誘導するような手法は、場合によっては不当なマーケティング手法とみなされる懸念もあります。利用者がAIの発言をどう受け取るか、真摯に考えることが大切です。


今後の展望

今回の研究は「低コストでパーソナリティを操作し、バイアスと毒性をコントロールできる可能性」を示唆していますが、さらなる課題もあります。たとえば「タスクの精度」と「安全性(バイアス・毒性の低減)」を同時に満たすレベルまで磨き上げるには、追加の微調整や評価が必要でしょう。

また、異なる文化や言語圏でHEXACOを適用した場合、同じような効果が得られるのかは検討の余地があります。日本語のビジネスシーンに合わせて性格特性を調整する際も、どの指標を優先するかはケースバイケースになりそうです。


あとがき

この記事では、心理学のHEXACOモデルを使ってLLMの性格特性を制御し、ビジネスシーンでの偏見や毒性を抑えるアプローチをご紹介しました。ちょっとしたプロンプトの書き方を工夫するだけで、得られるアウトプットの質が変わるのは興味深いですよね。

顧客サポートの現場で毒性や偏見を抑えたり、チーム内のコミュニケーションを円滑にしたりと、ビジネスへのプラス効果も期待大です。

技術的には完璧なコントロールがまだ難しいものの、ビジネスパーソンが積極的に「どの性格傾向のAIが自社に合うのか」を検証してみる価値は十分あります。

刻々と変化する市場ニーズと、人間同士の相性のようなファクターを総合的に考慮しながら、適宜チューニングを重ねていくことで、AIが組織にもたらすプラス効果はさらに大きくなるはずです。

このような可能性を見据えつつ、とはいえ過度に性格を振り切ってしまえば、別の歪みが生まれるリスクもあります。要は「どこまでが適切か」を常に模索しながら、段階的に導入し、効果を測定し、再調整していくプロセスが欠かせません。今後も新技術や応用事例が登場するなかで、この記事が皆さまのビジネス活用にささやかなアイデアを提供できれば幸いです。

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