湿っぽい話
私がこの頃、よく泣いてしまう。
悲しいのかと言われればそうじゃない。
例えるならば季節の変わり目で体調を崩すようなもんだろう。
私が泣けば、寄り添ってくれる人はいる。
それと同時に目を背ける人もいる。
背けられても困る。
こちとら自分の意思に反して涙が出るんだから。
どんなことにおいてもそうだが、人は寄り添うこともできれば
理解できず寄り添えないことという状況は多々ある。
それは、相手の経験不足だったり、ただ単に気持ちを考えられないだったり
理由は様々だ。
つまり、寄り添えない人は寄り添えないのだ。
だが、厄介なのは寄り添えない人が自分の気分で寄り添うこともある。
昨日は目を背けたくせに、今日は寄り添うんかーい!っていうパターンだ。
こっちの身にもなってみろ!
コロコロ変わる態度に振り回されて、大変だ。
子供に捕まった蛇が尻尾を掴まれ振り回されている時の心境とは一体どんな思いなのだろう。
「やーめーてー」なのか、はたまた「無」なのか。
私は蛇ではないので理解はできない。
話を戻そう。
だからといって、私も人を振り回していることには変わりはない。
私が泣くことで、人々の生活のサイクルを狂わせる。
予定も狂わせることもある。
荷物を1つ増やさせてしまう。
そう考えれば、十分私も振り回しているんだよ。ごめんね。
でも、寄り添ってくれる人もいるんだ。
ありがたく思ってくれて、感謝をしてくれる人もいる。
それは私の唯一の救いかもしれない。
毎年、私が泣くと花が咲く。
それはとても綺麗で、人々は道に咲くその花を見ては立ち止まり愛でる。
私もその花が好きだ。
そして、その花を見てそういう季節かと思い出す。
私はその度に、今年もどうぞよろしくと思うのだ。
それも、少しずつ場所を変えながら。
昨日は泣かなかった。
悲しくなかったからじゃない。
ただ、涙が流れなかったのだ。
それを見越して人々は1つ荷物を減らして家を出る。
だけど明日は泣くだろう。
テレビのニュースでそう言っていた。
私にはわからない。
もしかすると泣かないかもよ?
そんなことを考えている時点で私も随分人を振り回していることに
改めて実感した。
きゃー、私って罪な女よねー!!なんてふざけながら。
私の涙強化月間が終わる頃、あの花も見頃を過ぎるだろう。
しばしのお別れ、だけどそれは来年までの楽しみでもある。