英雄たる資格。
自分は社会人になって初めて実家を出て暮らしている。待望の一人暮らしもなんだかんだ満喫しており、特に不自由もない。就職先にも恵まれ(?)、少しだけだが仕事にもやりがいが生まれてきた。
そんな8月のある日、親が病気に罹ってしまった。
特に命には関わるものではないが、急に手術が必要になり、実家の方では生活が混乱していると聞いた。
それを聞いて、就職活動後にふと考えていた悪いイメージが膨れ上がり、今やその事が心の重荷となっている。
自分の就職活動は両親に何か言われることもなく、自分のやりたい事だけを考え行なってきた。結果的には自身の希望通り、となったが、その頃の自分は重要な点を失念していた。それは「親の将来」である。
この事を大学時代の友人に話すと、「自分の人生だから自分優先でいいじゃない」と言われるが、そういうわけにもいかない。自分は長男であるということ、母は地元の旧家の生まれ(こう表現すると大袈裟ではあるが)、父は転勤で地元に来たため周りに頼れる知り合いが少ないこと…このような「生まれのバックグラウンド」を全く考慮していなかったのだ。もちろん、その友人が考えなしにアドバイスしてきた、と思っているわけではない。ただ、地元の人はほとんど皆地元に生まれ、地元に生きることが当たり前である価値観で育ってきたこともあり、その認識が自分の中に潜在的にあるのだろう。その意識に、事が大事にならなければ気が付かない、自分の幼さが嫌になる。
大学時代よんだドストエフスキーの「罪と罰」に「英雄はどんな酷い事をしたとしても、それを乗り越え事を成し遂げる。乗り越えられるからこそ英雄として名をあげるのである。」と言った内容があったのを覚えている。家族のちょっとした不幸にも心が揺れる自分と重ねると、歴史を創ってきた英雄たちはどれだけの覚悟をもっていたのか、そんな事を考えてしまう。
さて、長々と文を書いているが、結局の命題としては、何のドラマもない人生を歩んできた自分がいきなりの分岐点にたたされ、それをどう進むか、という事だ。このように書くと大袈裟だが、どちらをとってもその先に後悔が残るという点で、自分の中では大きな分岐点である。時間は待ってはくれないので、分岐点がみえているうちに選択をかんがえねば。