冬に思い出すこと
近年、冬が暖かくなって雪もそんなに降らない。そんな土地に住んでいるわたし。
それでも年に何度か寒い日はあり、しんしんと雪が降り積る夜があり、数センチの積雪が春まで道路脇や木陰に残る根雪くらいにはなる。
道路は凍り、自転車を乗るのを恐れながらも朝の忙しさから急いで跨り、年に数回はひやひやする……という感じで、あまり感心しない冬との付き合い方をしている。
私が思春期だった頃は、もう少し雪は早い時期に降ったり積もったりしていた記憶がある。クリスマスに雪が降ればロマンチックだと色めき立つような人達ばかりだった。
そんな冬の思い出。忘れもしないわたしの最初で最後の初恋の話を書きとめようと思う。
最後の、というのはわたしが何者でも無いことに由来する。私は何故か人に恋をすることが出来ない。
今となっては最初で最後の初恋も、恋ではなかったかもしれない。
大事に大事に記憶の奥底の箱にしまっているうちに、月日が勝手に思い出を美しく補完してしまったかもしれない。それでもあれは恋だったと思いたい。
私は中学生の時に転校を経験した。その転校先で知り合ったのがAだった。
Aには中学生ながら、私と知り合った際には既に恋人がいて、聞けば小学生の頃から両思いだなんだと有名なカップルだったという。
私はAとAの恋人、どちらもとても好きだった。友人にからかわれて怒るAも可愛かったし、恋人同士なのにベタベタしたりせず、放課後教室に迎えに来て、一緒に帰っていく姿が微笑ましくて好きだった。
Aとは気が合う友達だった。本の貸し借りもしたし、流行りのアニメの話で盛り上がったり、オタクノリについていける貴重な友人だった。
クラスが同じで一緒に過ごす時間も多く、Aに好意的な気持ちが募るのはそう早くはなかった。
中学2年生、とある時にわたしはAが恋人と上手くいっていないということを噂で聞いた。
その噂にほんの一瞬でも喜んだ自分を恥じた。
自分がAに告白したところで上手くいくはずもないことはわかっていた。何も言わず、一緒に遊ぶだけだった。
結局Aたちは別れた。Aの恋人に、別の好きな人が出来たらしいというのが理由だった。
わたしはAを慰めることもしなかった。近くにいただけだった。
3年の部活引退後、受験期になるといよいよそんな色恋には構って居られなくなるのだが、わたしはAと同じ塾に行きたいと親に頼み込んで通わせてもらった。
バスで通い、3~4キロ先の駅前の塾だった。塾の先生との相性が良かったためか、ありがたいことに成績はメキメキと伸びた。
クリスマスだったか、その後か。
ある日の塾帰り、わたしとAは駅前のコンビニに寄った。Aはピザまんを買い、私は微糖の缶コーヒーを買った。
2人でそれらをはんぶんこして、冷えた体を温めてバスを待ち、1番後ろの席に座ると互いにもたれかかって眠った。私はAと家が遠いのに、乗り過ごすのをわかっていて目を瞑った。
Aはわたしのことをバカだと笑った。
暖めた体を極限まで冷やしながら帰宅した。
受験はそれぞれ第一志望に合格した。
私はAに好きだということを伝えたのだったか、そうでなかったのかもう忘れてしまった。
高校生の時、わたしのことが大して好きでもなかったはずのAから「元恋人と同じ学校に進学してしまった。近くに元恋人がいて、相手にはもう新しい恋人がいて少し悔しい。自分にも恋人がいるという肩書きが欲しい」という理由で告白された。
わたしは首を縦に振るしか選択肢がなかった。しかし好きだったはずの人に告白されたはずの喜びをもう覚えていない。
夏に一度わたしの部屋で勉強をした時、勉強に飽きたわたしたちはふざけだした。
ペンや課題を取り合った。くすぐりあって、目が合った。甘酸っぱい空気だった。
キスやその先の展開がチラつく動きだった。生々しい欲を初々しさで覆い隠すような、恥ずかしさを笑いで誤魔化す下手なやり取りだった。
どちらともなく体が動いたが、ベッドボードに頭を打った。無様な姿に笑い転げて、笑って、笑って、笑った。そして全てが終わった。
わたしたちはこどもだった。
デートもキスもセックスもすることなく、関係はそっと終わった。
Aは夢を叶えるために都会へ出ていった。わたしは夢を追うために地元に残った。そうして道は分かれ、もうAと人生が交わることは無くなった。
あの冬の日、あのバス。
あの夏の日、わたしの部屋。
あれ以上の青春も恋ももう無い。
私は大人になった。好きでもない相手と欲のためにセックスだってできるし、出来もしない恋愛を型取り、嘘でも人に好きだと言える。
それでも本物の好きは今のところAだけにしか抱いていない気持ちなんだろう。
美しい記憶を箱にしまって、大切に取っておく、何年か先、また取り出して思い出しては箱にしまう。これくらい美しい方が相応しいだろうと思う。
これからコンビニへ行こう。ピザまんと缶コーヒーを買って、ひとりで食べることにする。
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