夢と現
夢をぱたりと見なくなった。
多分、深い深い眠りについているのだと思う。
それは健康で何よりなのだが、本当になんの夢も見なくなったことに驚いている。
その代わりなのか、現実に対して真実である自信がない毎日を過ごしている。
2年前の今頃、私は臥せっていた。死なないでと家族に泣かれる病だった。結果的に寛解したのだが、あまり家族に話していない後遺症がある。
病にかかる前の、感情に対する記憶がほとんどなくなってしまった。
わたしが何を感じてどう思ったのか、思い出そうとしても頭にぼやあっとしたミルク色の霧が現れて、真実をあっという間に隠してしまう。
時と共に忘れて美しくなっていく思い出の忘却とは違い、私が過去に考えていたことが他人事やスクリーンの中の出来事のように思ってしまう。
病にかかる前のわたしと、今のわたしは別人のようだ。そういう病なのだから仕方がないのだが、どうにもまだ現実味がない。
そこからの約2年はがむしゃらだった。病を振り切るように走って生きた。無茶な呼吸の仕方で気道が擦り切れて血を吐きながら走るような毎日だった。
心も大いにやられたが、生きることに必死だった。
そして、走って、疲れて、私は歩くことすら出来なくなった。
ここに座ると決意して、仕事を変えた。
わたしを傷つけるのはいつでも人間だったので、人間から離れることを決めた。
そうして、わたしの世界のわたしだけで完結する仕事を目指すにつれ、夢のような出来事が次々と起きた。
優しい仕事相手にも巡り会った。出会いから半年経っても、信じられない程に優しく接してくれるので、どうにかその人とは仕事が成り立っている。
夢のような生きた心地。そうして健康になったからなのだろう、睡眠時の夢を見なくなった。
起きている時に夢を見ているのだろう。その対価に、夢を見られなくなったのだ。
空を飛ぶこともできないし、魔法だって出せないが、わたしはそれらを紙の上で叶えることが出来る。そういう仕事だ。
全ての出来事には釣り合いが取れているのかもしれないなと、そんなことを思った。
今日も寝具に体を沈めて、夢を見ない夜を過ごす、それは健全なる明日の夢のために。
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