見出し画像

2. 新卒で入社して1週間が経った。

 入社して1週間が経った。

 同じ時期に入社した中途採用のイシヅカさんは5日で辞め、今週からは新人は僕一人になっていた。新人は朝一番に出社して、1階の鍵置き場で鍵を取ってから、オフィスのある12階に上がり、鍵を開けるのが日課だ。だが、この日は鍵がもうすでになかったので、「あれ、誰かもう来ているんだ。」と思って上にあがった。エレベータで12階にあがると、廊下の向こうから営業主任の山本さんがこっちに向かって歩いてきた。

 山本さんは今年3年目の独身男性で、髪型はセンター分けでかわいらしいが、目つきはかなり鋭い。営業主任なので制作の僕とはほとんど接点がない。ずっと社内にいる僕は、この1週間、彼が社内にいるのをほとんど見たことなかった。一度電話で話している様子を見たが、少し高圧的な口調でちょっと怖かった。

 「おはようございます!」と力いっぱい元気に挨拶した。が、目も合わさずに僕の横を通り過ぎる。あんまり愛想のいい人ではなさそうだから、大して気にもせずに、そのままオフィスに入った。

 毎日、誰もいない朝をダラダラ過ごしていた僕はすこし緊張感を持って朝の仕事を行った。新人はオフィスの鍵をあけた後は、1階のポストに郵便物を取りに行き、コップ類を洗い、机などを雑巾掛けすることになっている。新人は僕1人だったので、それを30分ぐらいかけてやっていた。山本さんは僕のいつもより念入りな掃除が終わっても帰ってこなかったので、僕は廊下に出て、12階の共同トイレに行った。このトイレの便器に座って、15分ほどの休憩を取るのも僕の日課だった。トイレの便座が洋式であるというのは会社選びにかなり重要であると個人的に思う。有り難いことにここは洋式トイレだった。

 いつも一番奥のトイレで休憩していたのだが、この日はすでに誰かが入っていたので、その隣りに入った。

 入った瞬間、一番奥のトイレの中から壁を殴る音が聞こえた。ドカッ、ドカッと鈍い音である。しばらくすると、金属音がガチャガチャとなる。トイレットペーパーの上の金属のカバー部分だろうか。明らかに不自然な音。反射的に気配を消した。息を呑んで様子を見る。しばらく沈黙が続いた。かと思うと、またガシャガシャガシャガシャと音がした。

 一言言おうかと思ったが、思いとどまった。知らない人に注意する必要もないだろう。朝の休憩は終了。静かにトイレから出て、オフィスに戻った。

つづく


よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!