小野俊太郎

近刊『P・K・ディックの迷宮世界 世界を修理した作家』(小鳥遊書房)。

小野俊太郎

近刊『P・K・ディックの迷宮世界 世界を修理した作家』(小鳥遊書房)。

最近の記事

谷川俊太郎作詞「死んだ男の残したものは」

谷川俊太郎死去で、『二十億光年の孤独』に含まれた詩や歌詞など色々思い出される。だが、忘れていけないのは、武満徹が作曲した「死んだ男の残したものは」ではないだろうか。友竹正則が最初歌ったことでわかるように、「日本歌曲」として作曲された面もある。最近では小林沙羅の歌唱がよい。 世間にこの歌が広まったのは、「反戦」を訴えるフォークシンガーたちが歌ったことによる。とりわけ高石友也のアルバムが名高い。 反復が次第に高まっていき、最後に伴奏が静かになって最後を強調する。高石友也版が正

    • 山﨑健太郎の52間の縁側

      テレ東の「新美の巨人たち」でやっていた「山﨑健太郎の52間の縁側」は、考えさせられる点が色々とあっておもしろかった。千葉県八千代市の団地に隣接するデイサービスの施設だが、依頼主の介護に対する疑念から生じた発想と建築家の目的が金儲けになった建築への疑念から生じた発想がスパークしたもので賞を総なめしたのもわかる。 同じ木を使ってもマスコミでもてはやされている連中とは異なる。あえて段差を作るのも興味深い。自分の生家の建て替えが発想の転換だったというのにも納得で、その家は今回の52

      • 嘘部一族と半村良

        『嘘解きレトリック』の第1話を見ていて、ヒロインが他人の嘘に気づくが、自分は嘘を言うというジレンマに陥ることで、今後の物語での展開を保証する一点が設定されているのに少々感心した。葛藤をもたない主人公に共感はわかないだろう。 では、そんな嘘を解くヒロインにとって最強となる相手として、ふと思い浮かんだのが、半村良の嘘部シリーズだった。『闇の中の系図』『闇の中の黄金』『闇の中の哄笑』と続く。嘘をつくことを生業とする一族が日本の歴史を裏からあやつるという伝奇小説であり、どうやら現在

        • 『嘘解きレトリック』と昭和初年

          都戸利津による漫画が原作で、相手の嘘が聞き取れるという浦部鹿乃子と、貧乏な探偵祝左右馬のコンビが主人公のドラマで、鈴鹿央士と松本穂香のW主演となっている。「レトロモダン路地裏探偵活劇」という漫画の売りをそれなりに再現しているドラマになっている気はする。 気になったのは、これが100年前を舞台にした証として、どうやら原作漫画にもある「昭和初年」という設定が、そもそも架空となる。「初年」ではなく、昭和「元年」であるというのは【誤解に基づく】些末な指摘でしかなく、昭和元年が12月

          『それぞれの孤独のグルメ』とシュニッツラーの『輪舞』

          現在放送中の『それぞれの孤独のグルメ』は、毎週中心となる人物が替わり、そこに井之頭五郎がからむ展開となっている。キャラクターの立場も多彩なのでそれも楽しめるし、五郎のつぶやき声もあるので、今までのファンもそれなりに納得できるようにしている。「ふらっと久住」を省いたので、それをドラマのなかに持ち込んだとも言える。 問題は次週への引き継ぎであって、テレビのなかや通りすがり的な形で次につながっている。これはすぐにアルトゥル・シュニッツラーの「輪舞」を思わせた。ウィーンの世紀末が見

          『それぞれの孤独のグルメ』とシュニッツラーの『輪舞』

          『団地のふたり』とビーダーマイヤー様式

          新刊の『また団地のふたり』を読んで、これは著者が鉱脈を見つけたと思った。前の『ジイ散歩』には主人公の偏見を読者に再考させる社会批判的な要素がにじんでいた。それが「毒」にも「持ち味」にもなっていたが、『団地のふたり』の続編にはふたりの関係がずっと続くのではないかと思わせる心地よさがある。 これは「ビーダーマイヤー様式」の一つの成果と言えるだろう。ミステリーでの言い方を踏まえて「コージー様式」と言ってもいいかもしれない。幅広く支持をうけるこの様式は、批評や学問的分析から冷笑され

          『団地のふたり』とビーダーマイヤー様式

          中川安奈、中川晴之助、中川一政3代

          西田敏行追悼で、佐藤純彌監督の『敦煌』の放映していたのを視聴した。そのなかで中川安奈が出てきて、そういえばと思い出した。あの眼差しはなかなか忘れられないが、早くして亡くなってしまったのが惜しい人である。『敦煌』はデビュー作だが、黒沢清監督の『CURE』もあるが、大森一樹監督の『ゴジラvsキングギドラ』が印象的だった。 中川安奈の父親はTBSで活躍した中川晴之助である。中川晴之助といえば、『ウルトラQ』で、子どもを中心に据えた3作「育てよ!カメ」、「鳥を見た」、「カネゴンの繭

          中川安奈、中川晴之助、中川一政3代

          チャット小説の可能性

          「チャット小説」というフォーマットから何か新しい工夫が生まれるかもしれないと思った。新しい形式が新しい内容を求めることもよくあるし、新しい内容が新しい形式を求めることもよくある。 PHPジュニアノベルの1冊である黒史郎著『未読のメッセージがあります』 イラスト:TAKA。仕掛けは複雑ではないが、既読や未読の関係が工夫されている。 それに対して、テラーノベルに掲載されているいくつかの作品を読んで、LINEなどでつながり、複数の人間との関わりを同時に意識しながら進行する作品展

          チャット小説の可能性

          『P・K・ディックの迷宮世界 世界を修理した作家』近刊

          12月発売予定の『P・K・ディックの迷宮世界 世界を修理した作家』に関する版元から書誌情報が公開されました。 目次は次のような感じです。 序 章 読むと依存症になる作家 第1章 ディックが始動する—中短編と三つの初期長編 第2章 『宇宙の眼』における冷戦時代の悪夢 第3章 『高い城の男』における歴史の改変と記憶 第4章 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』における修理された世界 第5章 『流れよわが涙、と警官は言った』における涙と抱擁 終 章 回帰する場所を

          『P・K・ディックの迷宮世界 世界を修理した作家』近刊

          「深い時間」「ディープ・タイム」ー"deep time"覚書

          訳語があまり定まっていないのが、"deep time"だろう。この40年ほどあちこちで使用さているのだが、どうやら日本では「ディープ・タイム」とカタカナで使用される事が多い。内実に関しては、Wikipediaの英語版が説明してくれている。 人類史だけを考えるという時間のスケールを超えることが、deep timeの目的となる。これがディープエコロジーや新人世などの考え方の基盤となる。また「惑星」という概念を導入して来る理由ともなる。 提唱したのは、邦訳も多数あるナチュラリス

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          最近webで引っかかったもの(2)

          ヴァンダービルト大学のKristin Rose。2023年にラトガースに出した博論のアイデアがなるほど。ビルドゥングスロマンの系譜を、『ジェイン・エア』と『ヴィレット』で始めて、『フロス河の水車』ときて、そこから、南アフリカのOlive Schreinerの『アフリカ農場日記』(翻訳あり)に向かい、最後はキャリル・フィリップスの"The Lost Child"と『嵐が丘』の2つのmoorを検討する。フィリップスはリーズで育ったので、妥当性がある。手堅いポストコロニアルと帝国の

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          文化のアダプテーションと『ボルトロン』

          ”Voltron”がたどった数奇な運命がおもしろい。もともと『百獣王ゴライオン』1981と『機甲艦隊ダイラガーXV』1982-3という無関係なアニメがアメリカで合体し、1984年に人気を博した。これは、素材に独自の映像を差し込んだ『怪獣王ゴジラ』や、『パワーレンジャー』のパターンとも異なる。 しかもVoltron: The Third Dimension (1998–2000)Voltron Force (2011–2012)という続編も制作された。そして、Netflixで

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          松沢裕作『歴史学はこう考える』

          文学や文化の研究で、歴史資料やアーカイブを探る手法が採られることがあります。その際の最大の危惧は、史学科の専門課程のように、史料を扱うトレーニングを経ていないままで、手紙や日記や各種文書を素朴に、あるいは手荒に扱う例がたくさん見られることです。シュリーマンの愚を繰り返すわけにはいきません。 考古学のトレーニングを経ずに、勝手に土器や石器を掘り時代について語ることがどれだけ危険なのかは、考えるとわかるはずです。ところが、文字や言語の場合には、危険性が見えにくい。ひどい場合には

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          今週webで引っかかったもの[モダニズム関連]

          フォークナーをファッションの観点から扱った本。Christopher Rieger "Faulkner’s Fashion Gender, Race, Class, and Clothing" The first book-length study of clothing and dress across William Faulkner's novels and short stories. https://www.bloomsbury.com/us/faulkners-

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          今週webで引っかかったもの[有望株]

          オーストラリアのクイーンズランド大学のTamlyn Avery。アメリカ文学とモダニズムを専攻。自身が編集にたずさわる"Affirmations: of the Modern "にシャープなnational allegoryとリチャード・ライトをめぐる論を寄せている。"The Regional Development of the American Bildungsroman, 1900–1960" (Edinburgh UP 2023)もおもしろそうである。 Patric

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          『オセロ』のイアーゴとサンティアゴ・デ・コンポステーラ

          テレビでやっていた「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」巡礼。compostelaは俗解では「星の荒野」だが、どうやら「埋葬地」らしい。 Santiagoは聖ヤコブ(James the Great)。Iagoはもちろん『オセロ』に登場する「悪人」。発表された1603年といえば、ジェイムズ一世が王位についた時期でもある。 当然ながら、この関係を巡る読解はすでにある。 Eric Griffin "Un-Sainting James: Or, Othello and the "

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