見出し画像

【インサイトコラム】デジタルトランスフォーメーション(DX)の本質的価値~ビッグデータを楽しもう~

元々『デジタルトランスフォーメーション(DX)』は「ITの浸透により、人々の生活が根底から変化し、より良くなっていく(2004年にエリック・ストルターマン教授が提唱)」を意味していました。これが次第に「生活者を取り巻く企業活動のDX化」という企業目線での解釈となり、現在は「デジタルによる事業構造の変革」の意味合いで使われることが大半となっています。そしてその多くはIoTやAI、5Gなど最新デジタルテクノロジーの実現や進化自体と一緒に語られることが多いのではないでしょうか?

しかし、これらのデジタルテクノロジーの進化はあくまでも手段の進化でしかないと私は考えます。“DX”の本質的価値は『デジタル』側ではなく『トランスフォーメーション』側にあり、”デジタル“を通じて「人々の生活をどう変革したいのか?」「生活者を取り巻く企業活動としてどのような目的/ゴールを成し遂げたいのか?」の視点が抜け落ちてはならないと思うのです。あくまでもその目的やゴールを達成するための手段=「デジタル」がテクノロジー領域やアナリスティック領域において日々進化しているのだと考える理由を今回のコラムではお伝え出来ればと思います。
(当方はテクノロジー領域を専門としておりません。技術面の詳細内容をお知りになりたい方は、是非専門分野の発信をご確認いただければ幸いです)

“DX”は「ヒト・モノ・コトのインターネット化」が第一歩

そもそも、“デジタル”とは「実行したいことを0/1(離散データとも言う)で考える=0/1のデータを扱う」世界のことを意味します。この “デジタル”に対峙する概念が “アナログ”です。こちらは温度や時間、明るさや音の大きさ等「連続する値」で表示される物理現象に対峙する世界です。ここで“値”という言葉を用いたのは理由があります。数値だけではなく、私たちが日常生活で行う様々な行動(=見る、買う、食べる、乗る、話す、書く、等々)の処理も“アナログ”の世界となるからです。因って“アナログ”の世界において、我々が対峙し処理する情報量は非常に多く、再現性が低く、だからこそクリエイティビティ溢れる領域になるのですが、社会全体、生活者全体に対して変革をもたらす共通の「仕組み」を作り上げるには、当然再現性や効率性、共有性などが必要になります。「仕組み」とするためには大量の情報を同じ手段で処理し同じ結果を発出する必要があり、よって大容量の“デジタル”データをコンピュータで高速処理することが最適な手段となり且つ重要でした。それを可能にしたのがデジタル化技術の進化です。

様々な技術進化の中で、“アナログ情報”を“デジタルデータ”に変換しコンピュータ処理が可能となるようにそれぞれのデータをつなげる一連の仕組みがIoT(Internet of Things)になります。IoTは「モノのインターネット化」とも言われ、コンピュータという仮想空間の中にモノ(=“アナログ情報”)を取りこむ(=インターネット化)ために“デジタルデータ”によるコピーをリアルタイムで作り続け収集し続ける技術です。IoTはあくまでも“デジタル”データ(コピー)をリアルタイムで集めるだけですが、その集めたデータを使ってコンピュータ(仮想空間)の中に現実世界を再現する技術が “デジタル・ツイン(Digital Twin)”と呼ばれるものになります。デジタル・ツインは鏡の中の世界がコンピュータ内に作られるようなものとイメージしてくださると分かりやすいかな、と思います(左右逆にはなりませんが)。

この“デジタル・ツイン”が成立することで、ようやく “社会全体、生活者全体に対して変革をもたらす共通の「仕組み」作り”の第一歩を踏み出したことになります。一昔前の“デジタル化”とは、人々の生活にインターネットが入り込むことを意味していましたが、今やコンピュータの中に“アナログ”領域であるはずの我々の生活が入り込む、つまり再現される領域に進化しているのです。IoTやデジタル・ツインは「ヒト・モノ・コトのインターネット化」だと言って差し支えないでしょう。

では、この「ヒト・モノ・コトのインターネット化」自体が“DX”なのでしょうか?
もちろん“DX”の一部ではありますが、“DX”そのものではありません。ストルターマン教授が提唱した原点(「ITの浸透により、人々の生活が根底から変化し、より良くなっていく」)に立ち返ると、“デジタル(デジタルデータ化)”はあくまでも『人々の生活がより良くなる(目的)』ための単なるデータ活用準備手段だと解釈できます。IoTやデジタル・ツインによってコンピューター(仮想空間)に再現された現実世界のコピー、この段階では大量のデジタルデータの塊、所謂ビッグデータ(BIG DATA)でしかなく、これらで何を成し遂げるのか?どのように活用したいのか?その目的やゴールを明確にし、そして“実行する”ことが最も“DX”では重要であり、それこそが“DX”なのです。

ビッグデータ活用(ビッグデータ分析)の歴史

当方はデータ分析キャリアを、1990年代にUNIX-SASを用いたアンケートデータ分析からスタートしました。その頃はアンケートで収集した回答をパンチカード(!)でOSに取り込む時代でして、分析データが自動的に収集されるという概念など無く、もちろんビッグなデータでもなく、扱っていたのはサンプルデータであった故、統計学を駆使して全体を推計する様々な分析を行っていました。その後データウェアハウス(DWH)やデータマイニング(Data Mining)の世界に足を踏み入れ、データサイエンスが生業となり初めて「全数データ(トランザクションデータ)」の世界を経験し、大きな衝撃を受けたことを覚えています。

現状把握することに使用されるのみで頻繁に更新されていた(更新されることが大事であった)データの世界に、データウェアハウスは「意志決定(Decision)のため、目的別(Purpose-oriented)に編成され、統合(Integrate)された時系列で、削除(Delete)や更新(Update)しないデータの集合体」と言う概念を持ち込み、「意思を持ってデータを蓄積し、そして活用する」ことの重要性を呈示しました。そしてデータマイニングは、それまで現場(時には上司)のカンを基にビジネスの意思決定が成されていた場に、「意味のあるパターンやルールを発見するために大容量のデータを自動的にもしくは半自動的手段で分析し探索する」ことで、数字的エビデンスを基にした意思決定を行うことの重要性と、そのデータ分析自体を新たな業務領域として確立することを提唱しました。どちらも経営、とくにマーケティング領域に多大な影響を及ぼしたと思います。

しかし2000年初頭のコンピュータやサーバーには性能、容量に限りがあり、集計一つとっても、データ処理プログラムを実行するとその結果を得るまで丸一日待つことはざら、次の日に単純なプログラムエラーにより処理が進んでおらず落胆し、会社に泊まり込んでプログラム処理の進行を常に見張っていたような時代でした。結局、全数データから抽出したサンプルデータを分析しその結果から全体傾向を読む、という事もビジネスの現場では必要とされ、全数データの分析がビジネスのスピードに合わず、ビジネスサイドはその価値を完全には享受できずにおりました。そのころ当方がデータマイニングで扱っていたデータは、通信履歴、金融口座出納履歴、通販購買履歴、POS、クレジットカード利用履歴、搭乗履歴、搭乗予約履歴、DMや通販カタログ送付履歴など、扱うデータは個人IDと紐づいているデータ、紐づいていないデータなど、形も大きさも様々で、且つオフライン行動履歴が主だったと記憶しています。そして、様々な業種、業界がビジネス上の意思決定をするために、データの活用を進めていましたが、インターネット領域のデータを扱う企業は本当に少なかったと思います。マルチメディア総合研究所が1999年に実施した調査では、日本全国の年商100憶円以上の企業では89%が何らかの形でインターネットを利用しており、未導入企業が予定通り導入すれば2000年では利用率が95%に達すると予測していましたし、また2000年頭に執筆したデータマニング関連本でWEBログ分析について記載しておりましたので、WEBログデータの活用はこの時期以降、徐々にひろがっていったのではないでしょうか。

この後のインターネット領域のビジネス活用、人々の生活への浸透拡大は、それこそ弊社、楽天グループの成長の歴史に説明を委ねたいと思いますが、2021年現在、今やデータ処理言語も様々開発され、そしてデータを扱う技術も進化し、我々は最新デジタルテクノロジーによって今まで想定し得なかった方法(IoT)と場所から収集するトランザクションデータ、ビッグデータを自由自在に扱える時代になりました。しかしその目的は20年以上前から何ら変わっていないように思います。『人々の生活がより良くなる』ために、我々は「目的別に編成され、統合された時系列で削除や更新しないデータの集合体」をビジネスの意思決定の為使っているにすぎないのです。そして、データ活用(データ分析)が生み出す根源的価値は、そのデータがオンであろうとオフであろうと、また大小、種類、形式関係なく20年以上前から変わらないのだなあと、自分の経験を振り返ると強く実感します。この根源的価値について、次節で述べたいと思います。

大量のデジタルデータの塊=ビッグデータがもたらしたもの

アナログ情報のデジタルデータ化によって我々は“ビッグデータ(BIG DATA)”という、非常に取り扱いが難しい(?)お化けを手に入れました。さて、ビッグデータが生み出す根源的価値は一体なんなのでしょうか?それは「可視化」「予測」「最適化」、この3つに他なりません。ここでは、この3つの価値をマーケティング戦略構築とつなげて説明したいと思います。

「可視化」とはデータマニングで言うところの「意味のあるパターンやルールの発見」と言い換えることができます。マーケティング戦略を考えるにあたり取り組むべきことは「セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング(STP)」の理解と設定が王道です。これは以下の6つに分解できます。

(1)該当する商品(サービス)、もしくはブランドが現在どのような市場で求められ、どのような位置づけで消費者から認知、消費されているのか?
(2)既存客、および新規客もしくは競合の客はどのような人物的特徴を持った消費者なのか?
(3)既存客、および新規客もしくは競合の客は普段どのような日常生活をしているのか?またどのような消費行動をしているのか?
(4)既存客、および新規客もしくは競合の客の日常生活および消費行動にはどのような意味があるのか?マーケティング施策を行うべきポイントはどこか?
(5)該当する商品(サービス)、もしくはブランドの現在の実力は如何ほどなのか?競合に勝っているのか?負けているのか?
(6)1~5により現状把握を行った上で、将来を鑑みて適正な目的と目標を定める。

6つのうち1~5は、ビッグデータから顧客特性パターン、顧客行動パターン、顧客嗜好パターン、購買ルール、消費行動ルール、生活ルール、生活導線、そして自社商品(サービス)、ブランドの勝ちパターン、負けパターンなど、つまり「意味のあるパターンやルールの発見」を行うことで達成できます。また、それらは意思決定者と共通認識化することが必要です。そのためにも1~5は経験則やカンで語るのではなく、しっかりとデータで証明する=データで「可視化」することが重要となります。

「意味のあるパターンやルール」を「可視化」し現状を理解した後、6「将来を鑑みて適正な目的と目標を定める」を行うことが、正にマーケティング戦略構築の本質です。これは

A:「どこで戦うのか?」(市場の設定)
B:「何で戦うのか?」(商品・サービス・提供価値の設定)
C:「誰を狙うのか?」(ターゲット顧客の設定)
D:そして「なにを(どれだけ)得るのか?」(収益の設定)

について、見えない将来を的確に見極め決定していく必要があります。この将来を的確に見極めること、これが「予測」です。世の中に予測する対象は五万とありますが、マーケティング戦略を検討する上では、以下の4つの領域は最低限予測し検討すべきと私は考えます。

1:社会トレンド(様々な社会・日常の動向を先んじて読む)
2:消費者需要(消費者のニーズ発出のモーメントを探す)
3:商品需要(商品に成り得るシーズを先んじて探す)
4:顧客の生涯価値予測(生涯価値=Life Time Valueの最大化を狙う)

そして、この「予測」はまさにトランザクションデータ(ビッグデータ)が得意とする領域です。過去~現在の2地点以上のデータを分析し、差分や変化パターンから様々な「予測」モデルを構築してゆきます。ビッグデータの出現とそれを扱うために開発された多くの分析手法、統計解析手法は、この予測モデルの精度を各段に向上させてきました。

一昔前のマーケティング戦略は、ある一定の条件、例えば過去動向をベースとした「予測」モデルで戦略構築から戦術まで考えていました。しかしデータ処理能力が向上したことにより様々な前提条件による予測結果の変化を確認することを可能としました。これが“シミュレーション”です。シミュレーションの目的は、自分たちの戦略および戦術を、ありとあらゆる前提条件に当てはめ、最もよい結果を見極め戦略・戦術を選定すること。つまり戦略・戦術の「最適化」がゴールとなります。従って「最適化」の前提条件はビジネス現場に近ければ近いほど、またリアルタイムであればあるほど有益です。例えば、

A:最新の在庫状況とニーズに合わせて最適価格を算出する「ダイナミックプライシング(Dynamic Pricing)」
B:競合の出稿動向に合わせて自社の広告プランを最適化する「広告出稿最適化(Media Optimization)」
C:リアルタイムの購買動向や閲覧動向に合わせてネット画面に提示する商品を変える「お勧め画面(Recommendation Program)」
D:生活者一人一人の現状、状況に合わせて商品(サービス)提供や情報の授受を行い、生活者との関係性を深めLTV最大化を目指す「顧客関係管理(Customer Relationship Management)」

などが「最適化」の活用事例として挙げられます。そして、この「最適化」の領域はデジタルテクノロジーの進化とは切っても切り離すことは出来ません。正に“DX”によって実現してゆく領域だと言っても過言ではないでしょう。

“DX”が目指す世界:東京都の事例

IoTやデジタル・ツインによる「ヒト・モノ・コトのインターネット化」、そしてビッグデータがもたらす「可視化」「予測」「最適化」の力は、現実世界の将来を仮想空間上で「予測」し、様々シミュレートすることで将来最も起こり得る状況に対して仮想空間上で「最適化」することを可能にしました。これは現実世界側が実際は見えない将来に対して事前に備えることができるようになることを意味します。

事業会社が行うマーケティングとは少し毛色が異なるかもしれませんが、広義の意味で“生活者の質向上を実現する場(Market)の構築”をマーケティングの本質と捉え、1つ事例を紹介しましょう。東京都が進める「スマートシティプロジェクト」です。

2020年2月7日に「スマート東京実施戦略~東京版Society 5.0の実現に向けて~」が発表されました。東京都は行政としてデジタル・ツインを利用したSociety 5.0の実現に向けて動き始めたのです。これはIoTやデジタル・ツインを活用した仮想空間上のバーチャル東京により、リアルタイムで都民の情報を収集、把握し、生活状況(購買、医療など)、移動状況(渋滞、運航など)、災害状況等のシミュレーションを行い、先んじて行政側が来るべく将来(予測)への対応を様々な事業会社と一緒に進めることで、東京都民の生活の質の向上を実現する場を作りあげるプロジェクトです。「ITの浸透により、人々の生活が根底から変化し、より良くなっていく」まさに“DX”そのものに他なりません。
“DX”が身近に感じられると思いますが、いかがでしょう。ワクワクしませんか?

【スマート東京実現戦略~東京都版Society5.0の実現に向けて~】

画像1

【スマート東京を支えるデジタル・ツインの推進】

画像2

【公共施設や都民サービスのデジタルシフト】

画像3

“DX”を楽しもう!

データドリブンマーケティングやデータアナリティクスなどデータサイエンス領域は言わずもがな、デジタルマーケティングのみならず広義のマーケティング領域、更には伝統的マーケティングリサーチ分野においても、今やデジタルデータの活用を避けて通ることはできません。しかし“DX”の本質的価値を理解しなければ、我々は正しくデジタルデータを取り扱う、活用することは難しいでしょう。それは最新デジタルテクノロジー情報を、人よりも先んじて入手し知識を増やしていくことや、最新テクノロジー技術やアナリティクス能力を身に着けることではなく(それはそれで大事な時がありますが)、 “DX”、つまりデータ活用によってもたらしたい、成し遂げたいことは何なのか?というビジネスの目的とゴールの理解がなによりも大事だと考えます。

営業、ストラテジックプランナー、マーケター、リサーチャー、データアナリスト、システムエンジニアなどなど、“DX”に関わる領域の職種は今や幅広いですが、ご自分が担当する領域の知識だけではなく、そしてデジタルテクノロジーの進化は別世界だとは思わずに、データ活用に横たわる根本的なビジネス戦略やマーケティング戦略等を理解し、そして活用するデータが生まれた裏にあるビジネス目的とゴールを見極めた上で、データに対峙し、そして活用して頂きたいと切に願います。

根源的なところはそれほど特殊なことではなく「ITの浸透により、人々の生活が根底から変化し、より良くなっていく」過程です。そして「より良くしていく」過程にご自分が携われるのです。是非、楽しんで頂ければと思います。

【参考資料】
「スマート東京実施戦略 東京版Society 5.0の実現に向けて」
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2020/02/07/12.html
『データウェアハウス(構築編、活用編、運用編)』(藤本康英、小畑喜一監訳;構築編:オーム社、1998年;活用編:インターナショナルトムソンパブリッシングジャパン、1997年;運用編:オーム社、1997年)
『顧客ロイヤリティのマネジメント』(リチャード・フレデリック著/山下浩昭訳、ダイヤモンド社、1998年)
『データマイニング手法』(マイケルJ.A.ベリー/ゴードン・リノフ著/(株)SAS Institute Japan、江原淳、佐藤栄作 訳、海文堂、1999年)
『データマイニングがマーケティングを変える』((株)SAS Institute Japan 著、PHP出版、2001年)
『DMP入門』(2013年5月出版:横山隆治、菅原健一、草野隆史 著)
『アドテクノロジーの教科書』(2016年3月出版:広瀬信輔 著)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?