【小説】四間少女 6
会場近くに戻ってきて、中庭にあるベンチに腰かけた。横から見ると、案外貴島の鼻が高いことが分かった。
「さっきのさ……」
「ん?」
「さっきの相手、強かった?」
「何その質問。まあ、ね。結構普段から指してるんだろうなあ、と思った。けどやっぱ、幹太に比べたら全然だなあ」
「そっか」
貴島は、頭一つ抜けている。このままいけば順当に優勝だろうけど、それは面白くない。私が、阻止してみせる。
一時になった。午後の対局、決勝トーナメントが始まる。
「じゃあ……次の次で」
手をひらひらと振りながら席に向かう貴島。ちょっと、グッときてしまった。
所定の位置に着席。望月は体格がよく、椅子が少し窮屈なのか体を揺らして最適な態勢を探していた。振り駒をして、先手。
これまで通り四間に振ると、相手は急戦の構え。4五歩早仕掛けと呼ばれる戦型だった。定跡がかなり詳しく整備されていて、どこで変化するのか、緊張する戦いだ。
望月の指し手は物理的に力強い。体重を乗せるようにして、駒を押し付けてくる。時折前の駒が吹っ飛ぶ。金が升目からはみ出している。その勢いに気圧されてはいけない。
馬を作った相手に対して、玉頭に嫌味を付けて対抗する。この戦型には付き物の展開だけど、実戦経験は少ない。ノートの記述と、自分の感覚を信じて進んでいくしかない。
守りが崩れ始める。そして、すでにお互い秒読みになっている。最善は逃すかもしれないが、悪手を指さないように注意する必要がある。こちらの方が逃げ道が多いので、少し強気に攻められる。捨て駒から、スピードアップの手が見える。手筋だけど、これで寄らないと駒を渡すので自玉の危険度も増す。どうするか。いや、これはもう、決断するしかない!
望月の動きが止まった。この手を読んでいなかったことがうかがえる。10秒、電子音が響く。私も、頭をフル回転させる。20秒、望月の手が盤上に現れて、少し震えながら自らの玉をつかむ。玉で取るのが最強の手だとは分かっていた。それに対して桂馬、角と追い打ちをかける。攻め続けていける、大丈夫だ、これで……
と、それまで荒々しかった望月の手つきが、突然柔らかくなった。観念したのかも、と思った。玉をまっすぐ引く手。これは左右どちらにも逃げられるように、ということだが、歩を打てるのでこちらが一枚節約できる。これは勝ちだ。
3三歩。決まった。そう思った。
「あの」
「え」
「二歩」
最初、突然声を出したので投了するのかと思った。だが、望月はほっとした顔で、3八の地点を指さしている。そこにはかなり前に受けた歩があった。一つの筋に二つ歩を打つ反則、二歩。負け……だ……
「あ、ありがとうございました」
声が上ずっていた。しばらくはうまく把握できなかった。
3三歩は読んでいなかった。最後の局面になって、安易にそれで勝ちだと思い込んだ。けれどもその歩は、打てない歩だった……。私は、相手に合せて気を抜いてしまった。
対局が終わり、ふらふらと立ち上がった私は気付かないうちに歩き出していた。どこに向かっているのかはわからなかった。
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