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『ノンアルコールな夜の蝶』
「さや香さんってさぁ・・何してる人?」
仄暗い店内の奥。仕切られたテーブルの上で、囁やくように吐息混じりで訊ねられる。
「え、わたし?・・・“ノンアルコールな夜の蝶”?」
ちょっとはにかんで、少し戯けてみせて、またフッと笑みを綻ばせてから、伏し目がちな眼差しをみせる。
ちらっと目が合う相手の頬が紅潮して、かすかに開く口元が妄想とともに歪んでいるなんてことは、この薄暗がりでは目視できないが想像に難くない。
「例えば個室でね、お客様と1対1でね、アンナコトとか、コンナコトとかをするお仕事・・・」
とまで言いかけて、ふたたび相手を一瞥して、すぐさま視線をそらしてから、今度は彼の胸の奥底まで覗き込むようにじっと瞳を合わせてから、にこりと微笑む。
相手もつられて微笑み返すのだが、その表情からは下心という名の妄想が滾るほどに滲み出ている。
それを確認してから、またわたしも微笑み返す。
軽く咳払いをする彼。
あくまで平静を装うことを努めているようだが、その取り繕いの甲斐虚しく、鼓動の高鳴りはこちらまで聞こえ伝わってくるようだ。
「職場はどこ?」
「お客様に呼ばれたところ。お客様のご希望でどこにでも出向くわ。もちろん、ご所望ならばご自宅にでも」
「えっ/// いやあ、わからないなぁ。一体なんの仕事なの?」
そう訊ねる表情には、妄想を膨らませただらしない笑みが溢れている。
もう、わかっているくせに。
「仕事は夜が多いんだよね?」
「そう。だって昼間は皆お勤めだったり学校だったりするでしょう?あとは土日かなぁ。あとは、朝イチから依頼されることもたまにあるの」
「あ、あ、朝イチからっ!!?」
彼の中の何かがヒートアップした模様。
朝イチ、個室で、アンナコトやコンナコト・・・ねぇ、一体どんな妄想したの?教えて?
「えぇ、な、なんだろう!?さや香さんの仕事・・・////」
ね?なんでしょう、ね。
「美容関係かなぁと思ったけど、ネイル、、、してないから違うよね?」
少々浅はかな推論ではなかろうか。
エステティシャンならば、ネイルをしてなくても美容関係の職である。
「もし派手なネイルをしてたら、お客様を傷付けてしまうかもしれないですよね?」
「えっ。“手を使う仕事”なの?!」
“ドギマギ”という、このカタカナ表記の言葉に相応しいほどの気配をそこかしこに漂わせながら興奮気味に訊ねてくる。
「手、使いますよ♪」
「ぢゃあ、口は?」
「もちろん、、、使います////」
わざと恥じらったような、戸惑いの表情を演出する。わたしなりのサービス。
「え、え!?じゃ、じゃあ、何か道具は?」
「・・・使ったり、使わなかったりします。でも、基本的に“商売道具”は常備していて。・・・ホラ、ピンクの・・・アレ」
少し俯いた上目遣いで「察して?」と言わんばかりの甘い視線を送る。
「手を使って、口を使って、道具まで使う仕事って・・・//// えぇっ!?もう、ソレしか無いぢゃない!?」
「“ソレ”って、なんです?」
すかさず茶目っ気たっぷりの瞳で追及してみる。
「・・・っ////」
日本国憲法では精神的自由権を規定している。なんて素晴らしいのだろう。
脳内は治外法権。
誰が何を考えていたって、誰もそれを咎めることはできない。
嗚呼、なんて素敵。
「お客様から求められればハグもしますよ。」
「・・・はっ?はっ!ハグっ!!?」
「わたしから積極的にするわけでは無いけども、ご要望であれば、、、ね♪」
わたしは、スカートから伸びたハイヒールの脚を組み替えて続ける。
「わたし、指名制なの。もちろんそうでないお仕事もあるのだけれど。お客様のご要望があれば、時間も場所も問わずにどこにでも赴くわ」
「そ、それって、僕も指名できる、の?!」
溜まりかねたのか、ちょっと食い気味に彼が前に乗り出す。
「うーーん。どうでしょう、ね?」
うふふと、悪戯っぽく視線を外して宙を見つめるわたし。
「あ。もう行かなくちゃ。お仕事だから」
「・・・あのっ!」
少し慌て気味に引き留められた。
「“僕のハグ”は要りますか?」
真夏の太陽よろしく、キラキラとした満面の笑みで返す。
「間に合ってまーす!✨」
・・・なんてことが、8月の昼下がりの神楽坂であったとか、無かったとか。
そんな帰り道で思い出すのは、大好きな落語演目【真田小僧】。
ズル賢い子供が父親を茶化してるという構図がユニークだ。
「おとっつぁんが居ない時に、キザなおじさんがやってきて、おっかさんが嬉しそうに家に招き入れた」という息子の語り口がジツに見事である。
息子のはなしに焦る父親。
そんな父親の気持ちを手のひらで転がしつつ、焦らしながら、小遣いをせびりつつ、小出しにはなしを進めてゆく息子。
さて、わたしも、おとっつぁんを手のひらで弄ぶような金坊のように、したたかに振る舞えただろうか。
秀逸なパラドックス理論を展開できたと、してやったりと思ったのも束の間。
嗚呼、そうね、金坊には敵わなかった。
金坊のように、はなしの節目で都度駄賃を巻き上げることも叶わず、最終的なサゲ(オチ)をつけて去ることを失念していたのだ。
そんなツメの甘いわたしの元に1週間後届いたLINEは・・・
「寂しいです。人肌恋しいです」
あちゃー。
悲しい哉わたしがこの彼にしてあげられるのは、せめてもの既読スルー。
他人の妄想を最大限に膨らませるだけ膨らますお手伝いをしたままの放置プレイとは。
“ノンアルコールな夜の蝶”は身勝手で、サディスティックで、甘美に酷で、金坊の手腕には至らないものの、究極の真田小僧イズムであるらしい、という専らのウワサ。
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私のお仕事をご存知の方は、お腹の中で笑いながら楽しんでください。
私のお仕事をご存知で無い方は、頭の中で妄想を膨らませながら楽しんでください。
そして、【ノンアルコールの夜の蝶】のサゲ (オチ)が気になる方は、お会いできました暁に、耳元でそっと囁いてタネ明かしいたします♪
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誰でも参加できちゃう!
大人の文化祭やってます♪
2021年もまだまだ突っ走ります!
ご参加お待ちしてます☆
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