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竹原から瀬戸内海へ。江戸・明治期の汐待港=御手洗の町並み。
竹原を訪れた夜、当時竹原にはよさげな宿がなかったので、船で大崎下島の御手洗港を目指しました。
瀬戸内海の汐待港のひとつ。江戸期から明治期の風情がほぼそのまま残されており、タイムスリップ感の高い場所です。
下の写真のような華やいだお茶屋の建物が残っていたりと、多くの旅人が行き交った名残がここかしこに見られます。
明治・大正期の洋風建築も懐かしく、味わい深い風情を醸し出します。
お城のような立派な石垣の満舟寺。お堂にかけられた額は、中山楽師の文字。琉球の王様お抱え楽師が旅の安全を祈って寄進したのでしょうか?
各藩の舟宿が並ぶエリアに、舟宿をリノベーションした現役の民宿に宿泊。
薩摩藩の建物もありました。重要な港だったのが分かります。
常夜灯と江戸期の突堤。港を守り、千石船や北前船が来たのでしょうか?
突堤の石垣に目を凝らすと、御目出度い、鶴(左上)と亀(右下)の石彫が。
尾道から大三島を経由して四国へ行く橋が、うっすらと遠方に見えました。橋の完成でより便利になり、御手洗のような舟運の街は時代から取り残されていきます。
夜の御手洗は、さらにタイムトリップしたような静けさでした。