台湾の、アジアの音楽はなぜ急にオシャレになったのか?
みなさん、音楽聴いてますか。メイドインアジアの音楽、最近素晴らしいですよ!
友人の田中伶さん主催のHowto Taiwanというメディアのポッドキャストでこんな話題をしていました。
この回は石井由紀子さんというフリーアナウンサーの方と公開収録でおしゃべりしていました。私にとって石井由紀子さんと言えばアナウンサーというよりも、台湾音楽についてnoteでたくさん書いてる人って感じでして、私が知らないバンドやミュージシャンについて取り上げたりしている方なので、楽しく聴いてました。
石井さんのnoteは、日本語の情報がほとんどないアーティストについて解説されておりまして、私も大変参考にしております。
田中さんやROMYさんの司会っぷりも相まって、話自体、とても面白かったのですが、なぜここのところ台湾の音楽がオシャレになってるのか? というトークの中で出た疑問について、これだっていう回答が出ずに過ぎ去っていったのです。確かに私が知る限りでも、台湾の音楽の水準はここ10年、いや、ここ5年でかなり変貌しました。
そのことについて、なぜなんだろうと私も疑問を感じていたのですが、一応自分なりの理由がまとまったので、参考になったらと思いまして書いてみることにしました。読者の皆様におかれましては、これを機会に急にオシャレになった台湾音楽に触れてみていただけると嬉しいです。
始まりのアーティストは誰だったのか?
私が知る限り、2016年あたりが台湾に新しい音楽の波が来た年です。代表的なアーティストを2組挙げたいと思います。
1.My Jinji/落日飛車(Sunset Rollercoaster)(2016年)
https://www.youtube.com/watch?v=5xwFCtDc0fI
ゆったりとしたリズム感、どこか気だるい感じ。私の中では、仕事が終わって、家に帰ってホッとしたときに聴きたい音楽です。私はこの曲を確か当時の雑誌「ブルータス」か「スタジオボイス」あたりで知って、それまでの台湾の音楽と違う、洗練された雰囲気を感じたのを今でもよく覚えています。
落日飛車 Sunset Rollercoaster (以下、落日飛車) は、台北を拠点に活動するインディーズバンドで、2011年にデビューしますが、2016年にこの曲が含まれたJinji Kikko《金桔希子》というアルバムが発表されたあたりから台湾だけでなく日本を含むアジア各国で知られるようになったように思います。2019年にはフジロックフェスティバルにも出演しました。
2.陪妳過假日 feat. 9m88/Leo王 (2016年)
https://www.youtube.com/watch?v=DS89Vb07C-U
この曲はLeo王(リオ・ワン)という台湾の新世代のラッパーが発表した曲ですが、私が聴いて欲しいのはフィーチャリングされるフィメールヴォーカル(女性シンガー)、9m88(ジョウエムバーバー)のパートです。どうでしょう、今まであなたはこんなオシャレな中国語の歌唱を聴いたことがありますか? 台湾の女性歌手と言えばテレサ・テンとビビアン・スーぐらいしか知らないよというおじさん方にもぜひ聴いていただきたいところです。この曲が発表されるのはMy Jinjiと同じく2016年です。
他にも、2016年前後には、同時多発的に様々なミュージシャンの、それまでの基準を上回る、オシャレな曲が発表されています。
これらの曲は、一見ヒップホップ(Leo王)やR&B(9m88)、ソフトロック(落日飛車)などバラバラのジャンルに属す音楽ではありますが、ある共通点があります。それは、ミディアムスロー(やや遅めのリズム)で、もともと黒人の音楽だったソウルミュージックのフレーバーを感じることです。そして最も重要なことですが、日本のシティポップの影響を感じることです。石井さんがラジオの中で、「アジアのシティポップブームの中に台湾のアーティストが入ってる」という証言をされていましたが、おそらく私と石井さんが台湾に感じてる音楽の流れは同じものなのかなと想像します。
【理由1】台湾のオシャレ音楽は、世界的な日本のシティポップ再評価の影響を受けている
では、ここから具体的理由に入っていきたいと思います。まず一つ目として、世界中で日本のシティポップが再評価されたことが大きいと思います。この波は2010年代初頭あたりから顕在化するヴェイパーウェイヴ(wiki)というムーブメントが発端になっていて、ヴェイパーウェイブについて書いてるとさらに一本分の記事ができてしまうのですが、簡単に説明しますと、YouTubeやSpotifyなど配信で無料で音楽を聴く時代が始まって、合法・違法に限らず様々な国の様々な音楽を浴びるように聴けるようにリスナーがなったことで、どこの国のどこの曲だかわからない音楽をDJ的に繋いで楽しむという音楽の視聴体験が生まれました。つまりこれは音楽家が作った流行(wave)というより、リスナー側が作り出した流行で、まさに蒸気を浴びるように(vapor=蒸気)音楽を聴いて埋もれて部屋で恍惚とする、という音楽好きが世界中で現れました。
その流れの中で、それまで世界中の若いリスナーには届いていなかった日本のシティポップが再注目、再評価されます。シティポップとは、山下達郎、大貫妙子、細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂、荒井由実、竹内まりや、ブレッド&バター、南佳孝、大橋純子、吉田美奈子、笠井紀美子、サーカス、杏里、尾崎亜美、佐藤奈々子、松原みき、角松敏生、泰葉、EPOなどが代表的なアーティストとして挙げられ、これも説明していると別の記事が一本書けてしまうのでWikipediaへのリンクを貼っておきますが、ビルの夜景やネオンやプールサイドやアメ車がよく似合う、70年代から80年代のあのオシャレな音楽たちと言えば日本人ならなんとなくイメージがつくはずです。
ヴェイパーウェイブの波は落ち着きましたが、日本のシティポップは以降も世界・特にアジア地域でよく聴かれるようになりました。実は台湾で起こってる音楽のオシャレ化、シティポップ化は、東アジア、東南アジアなどアジア各国で見られる現象です。
<参考>アジアで現在活躍中の主なシティポップに影響を受けたと思われるバンド、ミュージシャン(一例)
ikkubaru(インドネシア)
Dizkar 地磁卡(中国(本土))
Kiri T(香港)
Phùng Khánh Linh(ベトナム)
Lola Amour(フィリピン)
Rainbow Note(韓国)
Phum Viphurit(タイ)
私は現在、台湾や韓国に限らず、アジア中の音楽を浴びて生きてますが、その中で感じるのは、もはやシティポップは韓国のK-POP、一昔前のJ-POPのように、アジアの共通文化になりつつあると感じています。
【理由2】新しい音楽に触れる機会がライブハウスから音楽フェスに進化した
冒頭で紹介した落日飛車はインディーズバンドですが、彼らは特に台湾の音楽フェスによく出演していた印象です。
石井さんはラジオで台湾のインディーズバンドを紹介する際に、少し前の台湾のインディーズシーンを代表するバンドとして「透明雑誌」を挙げていたのですが、透明雑誌は日本のナンバーガールなどに影響をされたインディーズバンドでこれまたかっこいいです。
これは感覚的な話ですが、こういった曲はフェスでも聴きたいですが、どことなく地下のライブハウスで聴きたいような気がしませんか? うねるようなラウドなギター、青春の歪みを爆発させたような音楽。下北沢や高円寺の地下のライブハウスがよく似合う音楽です。
一方、どちらかと言えば落日飛車や9m88はどちらかといえば音楽フェスで芝生に陣取りながらビール片手に聴きたい音楽といえます。
この傾向は実は日本でも同時期に起こっていたように思ってまして、まさにナンバーガールや、くるりや、ミッシェルガンエレファントなどライブハウスによく似合う音楽時代から、Suchmos、cero、Never young beachなどフェスによく似合う音楽時代へと変わる流れがありました。これも日台に限らずアジアで同時多発的に起こった現象で、例えば韓国にもこれに呼応するように、2010年代中盤にHyukoh(ヒョゴ)というバンドが登場していて、日台で起こっていた流れに呼応しています。
このように、2010年代前半〜中盤に日本や韓国、台湾などアジア各国で流行ってる音楽の雰囲気が変わった、それを駆動していたのはよりメジャーになった音楽フェスだったというのが、私がアジアンミュージックを追っていて感じていた印象です。
※なお、透明雑誌は2016年に一度バンド活動を休止しますが、中心メンバーの洪申豪(モンキー)は、その後もソロ活動を行ったり、台北で最もオシャレな場所である「PAR STORE」を作ったりして、台北のおしゃれインディシーンを代表する存在になっています(冒頭の写真はPAR STOREの入口です)。
【理由3】コロナ禍、ベッドルームポップ、Lo-Fi Hip hop
またまた専門用語を見出しに使って申し訳ないのですが、それほど難しい言葉ではありません。ベッドルームポップとはその名の通り、ベッドルームで作られ、ベッドルームで聴くポップスということです。これも私が思うに、先ほど紹介したヴェイパーウェイヴともつながる音楽的流行だと思います。
ベッドルームポップが世界的に注目されているのは、大きく2つ要因があります。
一つは技術革新で、スタジオを借りなくても自宅で音楽を録音する設備が比較的安価で可能になったことと、それを発表する場所としてSpotifyやApple musicなど配信サービスを駆使することで表現活動を自宅にいながら完結することができるようになったことです。
そして二つ目の理由はお察しの通りコロナの大流行で、人々はクラブやライブハウスやフェスティバルに行けなくなったことです。この結果、家で聞くための音楽需要が爆発的に増えたのです。ちょうど、コロナによって在宅ワークが世界的に流行しましたが、その要因と一致します。もちろん、コロナは台湾の人も直撃しましたし、ロックダウンも日本より厳しかったと聞いてます。こうした中で、オシャレなベッドルームポップが多数作られました。
ベッドルームで聴くための音楽はノリノリの音楽ではなく、密かに心に沁みる音楽である必要があります。そしてもちろん、台湾にもベッドルームポップの影響を感じさせるアーティストは大量にいます。
<ベッドルームポップ1>夏夜晩風/Layton Wu(2020年)
<ベッドルームポップ2>輕輕/陳嫺靜(2021年)
<ベッドルームポップ3>Mr.Afternoon/馬念先(2021年)
私が思うに、このベッドルームポップというジャンルは台湾人の得意分野のように思います。台湾人、というか中国語圏に住む人々は伝統的に昔からミディアムスロー、少し遅めのバラードが好まれていまして(テレサ・テンの時代からジェイ・チョウやデヴィッド・タオ、メイデイなどを経由して、台湾人の心にはスローバラードがいつもあるようです)、このジャンルは元から台湾人が得意なタイプの音楽だったと言えるかもしれません。
さて、これも世界的な傾向ですが、ベッドルームポップの派生として、Lo-Fi Hip hopを挙げたいと思います。これも自宅で聴く音楽という点で共通していて、コロナ禍以降流行った音楽スタイルです。もちろんそれを感じさせるアーティストも台湾に多くいます。
<Lo-Fi Hip hop 1> Netflix & Chill/桃子Jaye(2023年)
これなんか、Netflixを見てチルしようって、もろ自宅生活の歌ですよね(笑)。すごくわかりやすいので取り上げさせていただきました。
<Lo-Fi Hip hop? 2>都是weather你/JOYCE 就以斯 · 楊子平 ᏟᎪsᏢᎬᏒ(2024年)
これがLo-Fi Hip hopなのか、あるいはベッドルームポップなのかというと議論が分かれるのですが、SpotifyやインスタグラムやTikTokのBGMなど、スマホで聴くための音楽という感じが強いのでこの項目で取り上げさせていただきます。これは私が今一番よく聴く台湾オシャレ音楽の一つです。
【理由4】インディーズアーティストの経済的事情、アメリカ留学する台湾人
理由2と理由3と呼応する理由なのですが、特にこのことは触れておく必要があると思って、アーティストの経済事情について章立てしました。すごく簡単にいえば、台湾のインディーズアーティストの経済事情は、前より少し改善しつつあるということです。
「ミュージックマガジン2020年4月号」では、台湾音楽の30年と題して、特に台湾のインディーズバンドの歴史を振り返る特集を行っています。
ここでは、日本のインディーズバンド、シャムキャッツと、台湾のフレックルズ、透明雑誌、イルカポリスなど台湾のインディーシーンのバンドメンバーの対談が行われていますが、ここであらわになるのは日台のインディーズバンドを取り巻く環境の違いです。
大小様々な違いがあるのですが、最も大きな違いは経済的な違いです。つまり、日本のインディーズバンドは食えてる、台湾のインディーズバンドは食えてないということです。一方で将来に希望が持ちづらい日本、微かな希望が感じられる台湾というシーンの違いも浮き彫りになるのですが、やはり創作、表現活動を行うアーティストにとって、経済的に恵まれないという問題はかなり大きいです。これには日台のマーケットの差や(そもそも台湾は2300万人しかいない。日本は1億2000万人います)、かなりキャッチアップされたもののまだまだ埋まらない経済力な差や、インディーズシーンの歴史的な長さなどが考えられます。
ですがこれも4年前の話です。おそらくですが、配信時代のアーティストは世界的に平均化しているはずで、はっきりと断定できませんが台湾のインディーズバンドの懐事情は改善してるように思います。日本と違い気候的に暖かく、長い期間野外フェスが行えること、お祭り好きの国民性も相まって、フェスの流行も追い風となっているはずです。台湾のインディーズ音楽界がオシャレで元気な理由の一つとして、経済事情の話を触れないわけにはいきません。
さらに、これは冒頭で紹介した9m88がいい例ですが、台湾は日本よりも多くアメリカに留学生を送り込んでいる国であるというのも関係しているように思います。アメリカに留学している国籍別のランキングでいえば、台湾は世界5位だそうです(ちなみに台湾より人口の多いはずの日本は7位。韓国は台湾よりさらに多い3位)
もちろんアメリカに留学した台湾人がミュージシャンになるわけではありませんが、世界的な音楽流行にピントが合いやすくなる。耳が肥えやすいという点はあると思います。9m88のように、アメリカで音楽理論を学んで台湾に持ち込み、彼女が台湾のドメスティックなアーティストとどんどんコラボすることによって、台湾の音楽シーンはさらに活性化するでしょう。またこれは、なぜK-POPは世界に進出できて、J-POPは進出できなかったのか、の回答にもなるような気がいたします。
この点、近い将来、日本の音楽シーンが世界的な潮流から取り残されて、日本の音楽ってダサいよね、と台湾人に言われる時代が来ないか、少し心配ではあります。なお、韓国人と台湾人はよく留学し、日本人は留学しないというのは、自国がそれほど広くない、自国だけでは経済活動を支えきれない、ゆえに海外で勝負したいというのも関係しているように思います。どちらにしても、日本人よりも台湾人の方が外にアンテナを張っているのは間違いありません。
まとめ
こうしてみると、台湾でオシャレな音楽が増え出した理由は、世界的に、アジア全体的に起こっている流行が台湾でも顕著に起こっているということに尽きます。音楽の視聴環境の変化も、インディーズアーティストの懐事情も、シティポップの流行も、特に台湾に限った話ではないと言えるかもしれません。実際私は台湾に限らずアジア中の音楽を楽しんでいます。特にタイより東の東アジア、東南アジアに限定していえばどの国も今がいちばんシーンが盛り上がってると言えます。
Spotify、Apple music、YouTube、そしてWi-fiとスマホによって、世界のどんな僻地にいても、それほど金銭的な余裕がなくても、最先端の音楽を誰でも浴びるように聴ける時代になりました。お忘れかもしれませんが、世界がこう変わったのはそれほど昔のことではありません。今後は世界の様々な場所から、私たちのハートを踊らせる、素晴らしい音楽が生まれてくることになるでしょう。