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⑰キャメルキャラメル ~ひとつの風景~

POPCONは入賞どまり。あと1歩というところで全国大会には行けずにいた。「今度こそ」という意気込みで僕達は練習に励んでいた。
 そして、その出来事はPOPCONの2週間前に突然起こった。

僕は当時、まだ弁当配達のアルバイトもしていた。

配達コースの途中、深刻な顔をして、降りだした雨に濡れながらヴォーカルのツボ君は僕を待っていた。何かを捜し求めるように僕の顔を見ていた彼女の目からふいに涙が零れ落ちた。

いつも弁当を配達している喫茶店のマスターがそれを見ていて「おい!女の子を泣かしちゃいかんな!」と大きな声で僕をひやかした。とりあえず彼女を車に乗せて理由を聞いた。

しばらく黙っていた彼女は、声にならない声で「私、もう唄えない」と言ったきりまた泣き出した。のどにポリープができていたのだ…

 のどの治療の為、僕と彼女の病院通いが始まった。弁当配達の途中、彼女のバイト先に行き、病院に連れて行く。しばらくして又、病院へ迎えに行きバイト先へ送り返す。そんな毎日が続いた。

メンバーに話をする為、当時のアマチュア・ミュージシャンがよく集まっていた店で緊急ミーティングをした。

メンバーの意見は2つに割れた。

彼女が唄えないなら出場は辞退する。もうひとつは、他の人にヴォーカルをたのんで出場する。

話しても、話してもみんなの気持ちがひとつにならない事にいらだった僕は、テーブルの上の灰皿を叩きつけ、やりきれない気持ちで店を出た。

 コンテストの3日前、奇跡的に彼女の声が出るようになり「無理しなければ」という条件付だが唄うことの許可がおりた。彼女はちゃんと唄うことができるのか不安だったろう。それは僕達も同じだった。

そしてPOPCON当日。エントリーナンバー18、彼女は堂々とステージに立ち、スポットライトを浴びながら見事に唄いきった。ステージを降りた彼女は泣いていたし、僕達も少しだけ泣いた。結果はもうどうでもよかった。

ひとりで暮らしていた頃の記憶は、実にたよりない。

改めて思い返してみると、何もかも、ぼんやりとしか覚えていない。断片だけが雑然と散らばっている。

が、彼女の唄を聴いていると、それらが集まりだして、ひとつのはっきりとした場面となって頭の中に蘇ってくる。
それは、少し淋しくてせつない、奇妙な味がする。

その回のPOPCONで彼女が歌った「カンヴァセーション」という曲です。
よかったらお時間がある時に聴いてください。