営業部のCがお薦めする、《横浜が舞台のモノガタリ》五選
皆様こんにちは。営業部のCでございます。
横浜生まれでも横浜育ちでも横浜勤めでも(ベイスターズファンでも)ない僕ですが、この場を借りて《横浜が舞台》の小説とコミックを五つ、ご紹介させていただきます。
一九六三年生まれの茨城県出身者です。
地元の街は内陸のほうの、栃木との県境にあり、「海に行く」のは割と特別なことでした。遠足であれ家族旅行であれ、行き先は県内の大洗海岸か阿字ヶ浦海岸ばかりで、ほぼ目的は海水浴に限られていました。泳げなかったけれど。
十代半ば、友人(女子ではない!)と水戸線、東北本線、京浜東北線を乗り継いで、初めて横浜市中区の石川町駅で下車しました。それは、なかなかにカルチャーショックな小旅行でした。圧倒的に海の存在感があり、港にも存在感があり、なおかつ大都市であり、なおかつ(十代半ばの僕には未踏である)異国の香りが漂いわたってくる横浜。
とりあえず気を取り直して、まずはあの小田和正が『秋の気配』で歌ってたところに行ってみようぜ、と、あからさまに地図を大きく拡げながら、緑濃い丘をのぼりつめて行ったのでした。
『霧笛』 大佛次郎・著(一九三三年初刊)
横浜詣での最初の目的地・港が見える丘公園で、すぐさま僕たちの目に飛びこんできたのは、アーチ型の屋根を持つ赤レンガの洋館でした。
その洋館は、その頃完成したばかりの大佛次郎記念館。館内には「霧笛」というティールームがありました。店名を見て「キリブエ!」と声に出してしまった僕は、「むてき、って読むんですよ」と、上品なご婦人にそっとたしなめられることになりました。とはいえ、海のない街に育った僕には、リアルな汽笛音などは想起しようもなく。
…むてき、ムテキ、MUTEKI、霧笛。ただその字面、その響きから、鼻奥がツンとくるような湿り気を帯びた、夜更けの港町の芳香の如きものをかぎ取ったのでした。
元はと言えば、「霧笛」は大佛次郎が一九三三年に『東京朝日新聞』に連載した小説のタイトルなのだそうです。『鞍馬天狗』等の著者でもある大佛次郎が幼少時代を過ごしてきた横浜の、明治開化期を舞台とするモノガタリが、この出来立ての記念館のティールームの名称として引き継がれていたのでした。
『横浜1963』 伊東潤・著(二〇一六年刊)
こちらの舞台は一九六三年の横浜。時代小説作家として数々の良作を上梓している伊東潤が書いた、初のハードボイルド・ミステリーです。
この本を一気に読み進めながら、僕自身の生まれた一九六三年が「まだ終戦後わずか十八年」だったことに、そして、最上級の美しい都市であるべき横浜のさまざまな暗黒面に、幾度となく息を呑まされ続けました。
開園してから日も浅い港が見える丘公園は、混沌とした闇で覆われた怪しげ&妖しげなトポスであり、ひとつながりにあるフランス山では凄惨な殺人事件が巻き起こります。その卑劣犯逮捕のために、紆余曲折の果てにタッグを組むのは、アメリカ人みたいな外見の日本人警察官と、日本人みたいな外見のアメリカ人SP。ところが、高い高い障壁として立ちはだかるのは、何よりも米軍の存在だったのです。
極めて身近なところに、超大国・アメリカがあり、敗戦国・日本があり、複雑怪奇な冷戦構造が横たわる、一九六三年の横浜。その矛盾を各々の出自に余すことなく抱えこんだ男女が、愛憎と共にこの街で生きてこの街で朽ちてゆく、そんなモノガタリなのです。
『ののはな通信』 三浦しをん・著(二〇一八年刊)
ミッション系お嬢様学校の親友同士、野々原茜と牧田はなの往復書簡形式の小説。
一九八四年頃と推察される冒頭シーン。港が見える丘公園(僕が友人と初めて横浜小旅行をした数年後の)や外人墓地周辺のひたすら狭い狭い半径内をぐるぐる廻るばかりなのかと思いきや、そのゆる~い序盤からは想像もつかぬ急展開に二度も三度も打ちのめされることになります。
気が付けば、男目線では「良妻賢母の典型」みたいに見えていた、帰国子女・外交官の娘の牧田はなが、その少女時代とはほとんど対局の「地の果て」を、やすやすとは携帯電話もメールも手紙も届かぬような居場所を、自ら選び取って、苛烈な運命に身を投じてゆきます。
そして、ひたすら狭い範囲で完結しているかのように見えていた二人の少女の日常と、四半世紀後の両者による海を遥かに越えた(届かないかもしれない)往復書簡とが、重ね合わせになるようにして、モノガタリは壮大なフィナーレへと向かってゆきます。
『恋は雨上がりのように』 眉月じゅん・著(二〇一五~二〇一八年刊)
スプリンターであることを一度は完全放棄した十七歳のあきらと、小説を書き続けることの回路を本当は断ち切れていない店長の、雨降りのさなかのファミリーレストランの出逢いから、静かな静かな「最後の一日」までを描いた、奇蹟的傑作。
両者の一挙手一投足のバックグラウンドで、緩急自在に移り動いてゆく横浜(と、境界上の川崎)のさまざまな景物の、くっきりした輪郭。驟雨や新緑や土埃や浮雲や埠頭の匂い。わずか十三ページ限りの描写ながらも、圧巻の存在感を示す横浜市中央図書館の蔵書たち。
実際に色付きなのはわずかな箇所にとどまるけれど、映画でなくとも、アニメーションでなくとも、全十巻の単行本を読了してページを閉じたのち、横浜界隈の「色彩」の余韻がますます力を増して迫ってくるものがある、そんな名著です。
『ロボジョ!』 稲穂健市・著(二〇二〇年刊)
主人公は横山大学ロボット研究会会長・杉本麻衣。彼女と仲間たちによる「発明×青春ストーリー」です。
小説の大筋は企業間戦争(主人公側と敵側の)として進行してゆきます。ただし、闘いの土俵となるのは、経済ではなくむしろ法律。とりわけ「特許」を主とした「知的財産権」をめぐる熾烈なる攻防が、新横浜駅南側の小高い丘、パシフィコ横浜、ポートサイド地区、元町ショッピング・ストリート、金沢八景、中華街、そして港が見える丘公園……等々を舞台に縦横無尽に繰り広げられてゆきます。
ついに131ページ目にして、満を持しての初登場を遂げる仇敵、通称パクリ王子。杉本麻衣たちによる画期的なロボット搭載用技術を我が物にするべく、彼は執拗なまでの波状攻撃を仕掛けてきます。そのたびごと、彼女たちは、凡人には思いも寄らぬようなアイデアの数々で、大難局を乗り越えようと奮闘。
読者の皆さんは疾走感あふれる「パテント・ウォーズ」を追体験しながら、いつの間にやら「知的財産権」と「特許」の基礎をがっつり学べて、謎解き要素もあるのでその点も愉しめて、さらには横浜観光をフルコースで堪能することが出来るでしょう。
(二〇二〇年十月十六日 記)
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