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#117 病は僕の相棒

時折、自分が難病であることをネガティブに考えてしまう。

自分はなんて不幸な人間なんだ。
なんで僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。

と、この世界で一番不幸だという錯覚に陥るのである。

健康であることに越したことはない。
けれど、果たして病気だからといって不幸なのだろうか。
それもまた時折考えてしまうことである。

持病を持っていることは不幸なのか

以前にも書いたように、僕はIgA腎症という病気を患っている。

調べる限り、IgA腎症の患者数は約33000人。
およそ日本人の0.02%しかかからない病気ということになる。

それだけ確率の低い病気に、なんで自分が……。

そう思ってしまうことも、決して少なくはない。

今も薬は欠かさず飲まなくてはいけないし、奔放に好きなものを食べられるというわけでもない。
周りの人たちを見ていると、そんな病気を患っている人はいない。
自由にご飯を食べて、病院とは無縁の生活をしている人も多い。

やはり周りと比べてしまうと、どうしても気分が落ち込む。
持病持ちであることを辛いと思ってしまう。

しかし、今は持病があることをなんとか受け入れられている。
まあ、なってしまったのだから受け入れるしかないという諦観もある。

だが、いい意味で諦められたのは、ある人の言葉のおかげだった。

「病気は相棒だから」

それは、扁桃腺摘出手術を受けた病院で同じ病室になった人の言葉だった。
その方は糖尿病などの内臓系の病気を患っていて、僕以上に食事制限のきつい病院生活をされていた。

だが、その方が病気のことを話すとき、全く暗い気持ちを感じない。
むしろとても明るく話す。
なんなら病気であることを楽しんでいるようにも見える。

幸いなことに同室の皆さんはとても素敵な方々で、病室を抜け出して、談話室に集まって話すくらいに仲良くなった。
僕の手術後の経過もよく、退院時期も決まったときにそれぞれの病気の話になったのだ。

言葉として並べると、その方はとても難儀な病気だった。
食事制限、定期的な点滴、1か月を超える入院生活を強いられるのだから。
いけないと思いつつ、僕はついこの言葉を口に出してしまった。

「それは、大変ですね」

この言葉を使うと完全に他人事のような響きが出てしまう。
言った直後に自分を責めたけれど、その人は一つも表情を曇らすこともなくこう言った。

「まあ、病気は相棒だから! 仲良くやっていくしかないね!

それまでにない考え方だった。
病気は相棒——
病気と仲良くやっていく――

確かにもうなってしまったのだから、いくら不幸だと自分の状況を嘆いたって何が変わるわけでもない。
ならば前向きに、病気と仲良く、と受け入れた方がいいのではないか。

今でも時折持病持ちであることに苦心を覚えることはある。
けれど、「病気は相棒」という言葉のおかげで、少しずつその苦しみから解き放たれることができたのは間違いない。

病気のおかげで健康の大切さに気づけた

もちろん健康であること、病気にならないことに越したことはない。
相棒と言える余裕がないほどの病気を持っている人も多くいるので、全ての方に当てはまる考え方ではないかもしれない。

ただ、「病気は相棒」という言葉のおかげで、僕は前向きになれた。
そして、病気になったおかげで、健康であることの大切さを骨の髄まで理解することができたこともまた事実である。

日々早寝早起きをして、塩分控えめの食事制限、定期的な運動。
病気を持っていなかったら、毎日強く意識してやることもなかっただろう。
おかげで腎臓以外は、健康に34歳を迎えることができた。
これも、病気を相棒だと考えられるようになったからかもしれない。

この歳になってくると、いよいよ周りも健康に気を使い始める。
足腰が痛いだの、健康診断の数値が悪いだの。
遅かれ早かれ、人間の体にはガタが来て、病気になったり、何かが不自由になったりするものなのだ。

それならば、僕は早くに病気になれてよかったと思う。
病気という相棒のおかげで、早くに健康の大切さに気付けたのだから。

病気と一緒に生きてくれている自分の体に感謝をして、
これからも残りの人生を元気に過ごせていければと思う。


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立竹落花
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