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MOTHER2をプレイしたがあまり感動できなかった


「MOTHER2展へ行くぞ!」


親友の唐突なLINEから始まった提案から、MOTHER2が発売してから30周年ということを知った。自分は今年で31歳。ほぼ同い年だ。


MOTHER2、その名前を聞く度に人々は『圧倒的神ゲー』と称賛する。しかし自分はそんな神ゲーを未だにプレイしたことがない。

スマブラプレイヤーとしてもう9年は活動しているが、ネスに対して虚空に空前とPKファイヤーを、崖にヨーヨーを置く子ども以上の感情を抱いたことがない。あるとしたら目がやたらと怖い位だ。

一方で、MOTHER2という作品が多くの人々に愛されていて、未だに何度もファミ通等の各種メディアで取り上げられていることも知っている。

知人と飲みに行くときに、自分がMOTHERシリーズ未プレイであることを伝えると


「スマブラーなのにMOTHER2をやったことないの?!」

「絶対にやるべきだよ!」

「どのRPGよりも感動するから!」


と目の色を変えて熱烈に推奨してくるのだ。好きなゲームに興味を持ってくれたと知るや否や、推し語る彼らの勢いは凄まじいもので毎度圧倒されそうになる。

その度に自分は若干引き気味になりながら「そのうちね」とありきたりな返答をしていた。絶対にやらないヤツの言いそうなことである。


とはいえ、ゲームが何より好きな自分にとっていずれプレイしなければならないと考えていた。大好きなゲームのひとつでもあるUNDERTALEはこのMOTHERシリーズから大きな影響を受けているらしい。影響元のゲームならば面白いに違いないだろう。

そうボンヤリと考えてはいたが、いまいちプレイするキッカケが無く手を付けられずにいたMOTHER2。

そこに親友からの誘いでキッカケが生まれた。スケジュール的に満足にプレイできるのは1週間くらいしかないが、それぐらいあればクリアは出来るだろう。キッカケをくれた親友にほんのり感謝しつつも、重い腰を上げswitchを起動した。




結論から話すと、ものすごく面白いゲームでした。


面白い、ひたすらに面白い。目的を持って仲間と旅をする王道ストーリーなのに、間抜けでおかしい寸劇にクスッときて、唐突に始まるシリアス展開に心がゾワゾワし、とてつもない運命に巻き込まれる少年を見て心にズシンとしたものが伸し掛かる。常に感情を動かされ、とにかく楽しくて忙しいゲームだった。

登場キャラクターも魅力的で、特に主人公のネスが可愛すぎる。
殆どのキャラの表情が変わらない中、写真に向かって笑顔でピースするわんぱく仕草や、ホームシックで動けなくなったりする年相応の反応が愛くるしい。

亜空の使者を見ただけではもっと大人びたキャラなのかと思っていたが全然そんなことはなかった。MOTHER2に登場するネスは、セリフが少ない主人公キャラとしては特に魅力が詰まったキャラクターだったと思う。黒い目もドットで見るととてもキュートだ。


エンディングを見届けた後もじんわりMOTHER2のことだけを考えていて、インターネットの数多くの考察を読み、公式のアンソロジーコミック本も読破した。良い作品は終わった後もしばらく余韻が残るものだが、MOTHER2もその典型に漏れず余韻に浸ることができた。


そうして臨んだほぼ日曜日 - MOTHER2のひみつ。 展では制作ディレクターやスタッフによりMOTHERにかけた熱い思いとプレイする人へのメッセージが数多く展示されていて、その情報量に正直かなり圧倒されてしまった。

多くの人が名作と銘打つのも納得が行く。そう思えて仕方ない程作り込まれた内容だったし、間違いなくプレイして良かったゲームだったと今でも心の底から思う。



MOTHER2は素晴らしいゲームだ。
しかし自分の中には、何か奥の方に引っかかるような違和感が残っていた。


MOTHER2をプレイした人は、この作品について

『人生におけるベスト作品』『心に残り続ける名作』

と話すことが多い。

その言葉の中には、MOTHER2を超える作品はない。MOTHER2は人生である、という意味が込められているように思う。


しかし、自分にとってのMOTHER2は素晴らしいゲームであったが、一方で心に残り続けるような強い感動は得られなかったように思う。

台詞まわしも独特で、登場キャラクターも皆ユニークで魅力たっぷり。世界観も素晴らしい。音楽も耳に残る名曲ばかり。

なのになぜ、彼らのような強い感動を自分は感じることができなかったのだろうか。



その答えは、公式アンソロジーコミック本『Pollyanna』の中にあった。沢山の漫画が掲載されている中で、とりわけ興味を引いたのはMOTHERとの思い出のトピック

彼らは幼少期の頃にMOTHER2をプレイし、発売当時の規模感では凄さまじい程広大なマップの数々、理不尽で何度も挑戦したくなるような難易度にワクワクしながら、日々冒険を繰り返していく。
そのように表現されている漫画がいくつも掲載されていた。

当時のMOTHER2は媒体がスーパーファミコンで、いつどこでもセーブ可能な機能なんてものはもちろんないし、攻略情報を求めるなら攻略本を買うか友人同士で共有するほかにない。

そのため擦り切れる程に街やマップ探索し、幾度となくボス戦を攻略していくことになる。
結果、独特で心に響くようなセリフも一字一句違わずに覚えられるし、ふとした時に脳内に音楽も流れてくる。
その経験があったからこそMOTHER2の世界は自身にとって切り離せないものになっていったのだと思う。


一方で自分は、ゲームを一気にプレイできるという立場をフル活用し、たった数日でMOTHER2をクリアした。

とんでもない強さを誇るボスには『Switchの巻き戻し機能』と『いつでもセーブ機能』を使って最短で攻略し、道に迷ったときはネタバレを踏まないように必要な情報だけをインターネットから拾ってくる。
そうやってストレス無くエンディングに到達した。してしまったのだ。

理不尽な難易度は、乗り越えた時にとてつもない達成感を得られるもの。
分かりづらくて複雑なストーリーは、大人になってから見返すと違う価値観としてじんわり伝わるもの。

それら全てをすっ飛ばしたのだから、心に残らなくて当然なのだ。

それを僕はゲームをクリアした後に初めて気付いた。

switchの便利機能を使わなければ、攻略サイトを開かなければ同じ気持ちに至れただろうか。
その答えは恐らく否だ。

年の近い主人公たちが共に仲間と冒険をし、そこに自分も居るかのように錯覚する。
そんな体験を何日もかけてしてきたからこそMOTHER2は心に残り続ける名作になるのであって、30になった大人が数日プレイしただけでは、決して得ることができないのだ。

MOTHER2は素晴らしいゲームだった。
しかし、自分は当時の彼らのようにMOTHER2に感動することはできない
その事実に気付いた時は悔しく、そして寂しい気持ちに包まれていた。



自分にとって、心に残り続けるゲームとはなんだったのだろうか。



MOTHER2での気付きから自分の過去を振り返ってみたが、自分も幼少期に似たような経験をしたことがある。
それは確かに自分の心にあったハズだ。

小学校3年生の頃、周りは皆ゲームボーイアドバンスを所持していた。
その頃の代表作といえば『ポケットモンスター ルビー&サファイア』だろう。
クラスでは日々ポケモンの話題で溢れ返っていたし、ポケモンは当時でも覇権コンテンツとして君臨していた。

一方で、当時の自分の家はそこそこ貧乏で、ゲームなんてものは気軽に買ってもらえるような状況ではなかった。

同級生が皆ポケモンに熱中している中、プレイできない現状に対し「ポケモンなんて保育園の頃に遊び尽くしたから」と捨て台詞を吐く。
見栄を張ってなんとか現実から目を逸らそうとするが、チビっ子が流行りのゲームへの憧れを止めることは正直言ってかなり困難だ。

乾きを潤すように、古本市場で販売していたルビサファの攻略本を少ないお小遣いでなんとか購入する。

「ゲームは1日1時間」ルールが適用される我が家に、攻略本はギリ適用されない。
当然のように毎日多くの時間を費やして読み込んだ。ゲームをしていないのに冒険に出ているような感覚だ。自分は攻略本の虜になっていた。

ルールの穴を付いた完璧な戦術により、ゲームを持っていないのにクラスの誰よりも攻略情報に詳しい男がそこに出来上がっていった。

攻略本は読み込みすぎて最終的に真っ二つに裂けた


そして4年生の3学期になった頃、満を持して親から買ってもらえたゲーム機、それとルビー版のソフト。

パッケージがキラキラしていて、専用のカセットが赤くて透明だったことに感動したのを今でも覚えている。

貪るようにプレイした。
攻略本で見たあのポケモンたちが、今こうして目の前の画面に登場している。ダーテングはこんな鳴き声だったのか。パパのケッキング強すぎて笑うわ。グラードンめちゃくちゃカッコいいな。ラティオスと冒険できてるぞ。いいな。楽しいな。みんなはこの感動を既に体験していたのか。色んな感情が、当時の自分の中には湧き出ていた。

周りの友人はすっかりポケモンをやらなくなっていたが、関係ない。
孤独に何度もプレイして、手に入るアイテムやポケモンは全て集めきった。
あまり長時間プレイするとルールに抵触し母親に怒られるので、布団の中で寝たフリをしながら続きを遊び、プレイ時間を稼ぐのが日課だった。(実はバレていたというのを後で知った。)


人は幼少期に何かを制限されると、その反動で解禁されたときに歯止めが効かなくなる
という話をどこかで聞いたような気がする。実際それは正しいと思う。

世間がポケモンのことを忘れデュエマに熱中するようになった後ですらも、自分はポケモンに熱中し続けた。これを反動と言わずしてなんと言おう。

まだオンラインもSNSも無い時代、ゲーム内で手に入らないアイテム(チイラのみ)を手に入れるためだけに小学生で単身オフ大会に足を運ぶようにもなったが、そのおかげで年が離れていても同じゲームで遊べる環境があることの良さを知り、結果として大会に参加し続けるようにもなった。

プレイするゲームはポケモンから次第にスマブラへと変化していったが、ゲームを制限されてきたことで逆にゲームへの愛が増し、ゲームが中心の生活が作り上げられ、今こうしてプロゲーマーとして生活ができている。


攻略本を半年以上読み込み、新作ゲームの冒険に思いを馳せる時代があったからこそ今の自分はいる。
当時のポケットモンスター・ルビーはまさに今の自分にとってのルーツであり、ある意味で彼らにとってのMOTHER2のようなものだったと思う。

MOTHER2で心から感動することはできなかったが、心の中に残り続ける感動というヤツを過去の自分は確かに体験できていた。

そのことを思い出せただけでも、MOTHER2をプレイして良かったと心から思える。


もしこれからゲームを絶賛する知人に会えたとしたら、当時どんな気持ちでそのゲームをプレイしていたのか、その人の心の中のMOTHER2はどんなものだったのか、改めて聞いてみたいと思う。

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