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自分のうちに秘める多様性
熊です。
いつも言葉が足りないのでは、という思考に悩まされるので、とりあえずもう少しだけ説明したいと思います。
まずは下記のつぶやきですが
一方通行
このつぶやきの経緯の説明ですが、
発達障害界隈の当事者と専門家がよく発達障害者と会話する際に気をつけること「ばかり」を勧めていることに違和感を感じたのが経緯でした。
どういうことかと言うと、
例えばASDの方に対してなるべく曖昧な言葉を使わずに正確や定量的な言葉を使うようなアドバイス。
こんな感じです。
✕:ちょっと待ってください
◯:5分待ってください
これって発達障害者以外の全員に対して行動ルールを設けるだけではないのか?
これが多様性のあり方なのか?
このルールに従わないとコミュニケーションが取れない場合、どうやって解決するのかね。
ってまさに今の現状ではないか。
「誰が従うかよ」とまで言わなくても、
あなたをかわす人は普通に居る。
分かってるけどの「けど」を理解する
人生は自分に主導権のあることに集中するのが大事です。
マイノリティが、他人に理解されないと感じるたびにいちいち憤慨するとそのうち憤死してしまうか、嘆きの日々を送るかになると思います。
相手の言葉が曖昧に感じたら、
聞き直せばいいのでは?
流石に自分が理解できていないことを理解しているはずでしょう。
最初は分からなくても、経験を積めば「あ、これ前に分かったつもりで失敗したやつ」と認識できる。
そうしない場合、
何がそうさせているのか?
プライドか
今までの不公平感か
面倒くさいか
自分なりの対応方法を身につければ、100人相手に全てが上手く行かなくても、どんな人にはどんな方法で上手く行きそうかの感覚は掴まるでしょう。
上手く行かないやつが居る?
だから何だ。
それも相手の個性じゃないのか。
今まで会ってきた人は目の前の人と関係ない。
一対一の対話でいちいち多数派少数派を引っ張り出さなくていいです。
そこの責任は半々で考えた方が良い。
一般ではない一般人
一般人の中でも「しっかりするほうの一般人」は他の一般人でさえ面倒くさく感じたりする丁寧なコミュニケーションの仕方を取ります。
そういった「しっかりするほうの一般人」は安定した社会生活や高い経済的・社会的な地位が得られやすい。
彼らは一般人同士での雑なコミュニケーションに対して、「あ、ここは雑なままではいけない」との場面を見極め、綿密なコミュニケーションを取っていく。
他の一般人に面倒くさく感じられることもあるでしょう。
他の一般人から変なやつと思われることもあるでしょう。
生まれつきで他人に共感しにくいマイノリティが子供の頃から「他人に合わせてもらう」ことに慣れてしまうと、想像力と行動力も制限されてしまう。
一般人同士だって、相手によっては同じ一般人と一括りされたくない場合が多々あります。
熊は宇宙人
🐺チワワ「どうしたと言うの・・・」
自分のうちに秘める多様性
人類が本当に多様性を理解したときは、「今まで何故理解しようとしなかった」という自分の心に直面する勇気を持つときだけである。
本熊が過去の記事にも書いたように、ビジネス活動においてAIは多様性より遥かに投資の費用対効果が良い。
金持ちにとって、人口の減少が労働力の低下につながらなければいい。
言い換えれば、減少した奴隷や社会からはみ出されたマイノリティの影響をAIで補うことができれば問題はない。
仮に今後多様性が一時的に逆行する可能性があっても、今この表面的・形式的かもしれないチャンスを大事にして自分の成長につなげていく心構えが大切である。
多様性は未来の人間性
生きていく中で、「与えること」と「貰うこと」のバランスを考える人間はそう多くない。
しかもその与えることは
「何かをもらう前提で与えること」
の場合がほとんどである。
その前提とは自分の利益であり、
金銭的なものから承認欲求まである。
取れるものは無限に取っていく。
このバランスは障害や体質、少数派か多数派かなどとは関係なく、人間性にまつわる宿題である。
Fin
金のアメリカ、ざまあみろ🐻
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