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【実家の介護未満】無口な父と耳の遠くなる母の切ない話 2019.1.25

もともと無口な父の話は難しい。
意味がわからないから、どういうこと?と質問して確認しているうちに、父はイライラして怒り出す。キレる子供ならぬキレる老人である。

もう慣れたもんで、喧嘩しながらもサクサクと父の洋服を整理した。父に聞きながら、よそゆき、部屋着、捨てるものに分ける。

素敵なセーターを、よそゆき、でなく部屋着にするというから
「これ外に着ていってもいいんじゃない?」と口を挟んだら
「最近はそればかり着てるからもう着ていかない」という。😅

はいはい。着る物に関してちょっと女子っぽい。乙女座だな。。。

デイサービスなんだから、毎日同じだって構わないんじゃない?なんていう意地悪はいわないことにしている😅

それから、私は母と散歩がてら、よそいきのセーターを洗濯屋に持っていった。

何をいってるかよくわからない父と、耳が遠くなってきた母の、ちぐはぐな話のすれ違いは、通じない憤りと、聞きとれない逆ギレで終わる。
それは、見ていてとても不毛なものなのだが、それよりも、それでもお互いを一番頼りにしているのがちょっと切ないなと思う。

記憶の問題が出てからの母は、いつも少し不安げでポツンとしているように見える。人間にとっての記憶って宝物なんだなと思う。それを失っていく無意識の寂しさや不安があるのかもしれない。

寒いねと言って腕を組んでみた。

洗濯屋さんから、スーパーまで歩く。中学校の雑木林が見えた。地主さんの大きな畑なども。練馬区は雑木林がまだあるね~とか、冬のけやきは逆さに生えてるみたいに見えるねとか、話しかける。

なぜかって、母は背中を丸めてずっと視線を下げてたから。

栗の木の生えてる公園で、てっぺんの梢に鳥が集まってるのをみつけた。ほら鳥がいるよ!としばし二人で見上げていた。
雀だわね、と母が言った。私はもう写真を撮ることに夢中。

静かに近づいてシャッターを押そうとしたら、あっという間に飛び立ってしまった。
これがその決定的瞬間。
まるでドイツみたい、、な、気がする😀

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2022.9月 追記

ああ、この時のこと思い出す。ポツンと下を向いた母の姿。亡くなってしばらくして、思い出すのはそういう姿ばかりだった。妹もそうだと言っていた。父の扱いは本当に難しかったし、自分は前みたいに思うように動けなくてもどかしそうだった。わたしは自分が実家に行った時だけ、電話がかかってきた時だけしか知らないのだ。それなのに、なんとか元気になってほしくて、そのことばかり考えてしまって、ほんとうには母の気持ちに寄り添えてはいなかった。そのことを、母が亡くなって初めて気づいた。今は自由な魂に戻った母は、そんなこともうなんともないというだろう。だから、これは残された方の心の中だけの後悔なのだ。

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