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【絵のあるおはなし】泳ぎ疲れた犬の話3


泳ぎ疲れた犬の話1
泳ぎ疲れた犬の話2のつづきーーー
海(みたいなもの)の中で泳ぎ疲れた犬には、なんの希望もなかった。そして、地面を踏み締めて線路の上を走ったことを思い出していた。
ーーーー

「どうしたの?」

突然話しかけられて、うっとりと思い出に浸っていた犬は慌てて塩水を飲んでしまった。

「ねえ、どうしたのさ」

それは、高い岩山に生息する山羊の声だった。かけ離れたところにいる二人は、犬が地面に住んでいた時から仲良しだった。二人はお互いに姿は見えないけれども、まるで電話をかけるようにお話するのだった。


岩山に生息する山羊

ゴボゴボ体勢をたてなおして犬は言った。

「どうしたって、泣いてたんだよ」

「え、なにかあったの?」

「なんにもないから泣いてるんだよ。ずっと前から同じだよ」

「なあんだ。そうかあ」

犬がどんなに必死な時も、山羊はのんびりした声だった。

「そうかあ、じゃないよ。沈みそうなんだ。もう泳ぐのやめようかってくらい・・・」

犬は涙に喉を詰まらせた。泳ぐことがこんなに苦しくなるなんて・・・。

「泳ぐから疲れるんだよ。泳ぐの止めてみたら、楽になんじゃない?」

(こんなに必死で泳いでやっと生きてるのに、楽になるだと!?死ねっていうのか!簡単に言いやがって!)犬は山羊ののんびり加減に苛立ちをかんじて、やけになって言った。
「泳ぐの止めたら沈んじゃうよ。山羊ともバイバイだよ。」

しかし、山羊の声はいつものようにのんびりしていた。
「大丈夫だよ。浮力があるから」

犬は、山羊のいうことに耳を傾けず、またひとしきり泣いた後に、ポツンと呟いた。

「ぼくは、独りぼっちなんだ・・・」

犬はまた涙が出た。

「ふうん。山羊も独りぼっちだよ。山羊は羊みたいに群れを形成しないからね」

山羊はなぜか少し得意げにそう答えた。犬は続けて言った。

「でも僕は、こんなに広いところで独りで浮いてるのはさみしいな」

「山羊もそうだよ。山腹に独りぼっちで生きてるよ」


山羊は高い山に独りで立っている

山羊はその岩だらけの山腹で思った。

(犬はなんで海なんかにいるのかな・・・。犬ってペットのはずだけどな・・・。)

そして、励ました。

「だからさ、とにかく、浮力があるから大丈夫だよ。泳がないで浮かんでいなよ。ただ浮かんでればいいんだよ。」

山羊は必死で泳ぐ犬が、どうして、ただ浮かんでいようとしないのか、理解できなかった。その方が楽に決まってるのに。

「泳ぐのをやめたら、ぼくは死んでしまうんだよ。頑張らなきゃ死に至る危険なところにいるんだよ」
言い返す犬。

「ぼくみたいな山羊だってさ、危険なところにいるんだよ。絶壁だもん。崖っぷちだもん。
でも人生ってわりとそういうものじゃない?
 しかもぼくは、高所恐怖症なんだよ。だからね、余計なとこは見ないんだ。いつも足元だけをしっかり見ているんだ。」

犬は、危険な高山に山羊を置く神の不思議を思う。
山羊は山羊で苦労があるけれど、どうしてこんなにのんびりできるんだろう。そして言った。

「ぼくはさ、自分の足元を考えると怖いよ。辛くて泣くたびに足元が深くなっていくんだ。それで怖くてまた泣いちゃうんだよ。」

「わあ、それは怖いね。ホントに怖いね。」

高所恐怖症の山羊は、犬の足の下の途方もない深さを、高さにおきかえてみて、ぶるぶると身震いした。
そして、
「じゃあね。」
と言って黙ってしまった。

「じゃあね。」犬も言ったが、すでに山羊の気配すらなかった。山羊はいつもこんな風に突然いなくなる。

犬はまたひとりぼっちになった。


(4へつづく)


泳ぎ疲れた犬の話 1
泳ぎ疲れた犬の話 2


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