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前略 #あなたへの手紙コンテスト

前略

 便箋の先頭に「前略」と書くたび、「前略 中略 後略」という手紙をくれたあなたを思い出します。わたしがそれになんと書いて返事を送ったか、あなたは覚えていますか?

 手紙の先頭に書く前略には、時候の挨拶を省略するという意味があるそうです。その非礼を詫びるために、末尾に草々と書く。でもあなたから届く手紙はいつも、前略で始まっていて草々はありませんでした。あなたの手紙では、前略で略された部分に挨拶ではなくもっとも重要なことが書かれていた。略されてしまったことによって結果書かれなくなったものが、二文字の中に込められていました。あなたの前略は省略ではなく表現でした。だから非礼ではなく、詫びる必要もない。したがって草々は不要だと、そういう意思表示だと解釈していました。あなたの手紙では書かれていない部分の方が本体で、送られてくる本文はその影のようなもの。影の方が本体だった使徒レリエルのような手紙でした。

 あなたからの手紙はぜんぶ取ってあります。この机の左の引き出しに。今もたびたび読み返しますが、やはりわたしにはわかりません。あなたはわたしに伝えたいことを一度も手紙に書きませんでした。「本当に伝えたいことは、常に文章の外にあるのだよ」と、書いてきたことがありましたね。あなたとわたしの往復書簡はまったく話題がかみ合いませんでした。あなたから何を伝えたいのかわからない手紙が届き、わたしはそれを一生懸命解釈して質問のような返事を出す。でもあなたはそれには答えずに、またまったく関係の無さそうなことを書いてくる。伝えたいことはここには書かれていない。

 いつしかわたしは、最初に書いてある前略に注目するようになりました。質問の答えも、あなたがわたしに伝えたいことも、ぜんぶここに入っている。前略。大切なものを手紙の外に置き、外に存在しているものがあるという事実を伝えるための二文字。いつのまにかわたしの手紙も前略で始まり、草々のないものになりました。

 あなたはわたしからの手紙をどうしたのでしょう。どこかに取っておいてくれていますか。それとも、燃やしたり捨てたり、したのでしょうか。

 あなたからの手紙は次第に文字が少なくなり、ついに「前略 中略 後略」になりました。そのあとなにも書かれていない便箋が届き、やがてなにも届かなくなりました。今あなたの手紙は手紙であることを略され、無となりました。無駄がそぎ落とされ、きっと伝えたいことだけになったのです。

 それでもわたしは手紙を書き続けています。あなた宛ての手紙を。便箋の先頭に前略を置き、伝えたいことではない内容を書く。それを机の上に置いておきます。次の日には失くなっているのであなたは受け取っているのでしょう。読んでくれているのでしょうか。前略の中にあるものを、想像してくれているのでしょうか。

 同じこの身体に乗り合わせているあなたが今も存在していることは感じます。でもあなたからの返信は届かない。手紙をもらってさえどんな人かわからなかったあなたのことが、でも今は少しわかるような気がします。

 わたしとあなたは前略の中でつながっているのですね。

 気が向いたらまた、影のような手紙をください。

涼 雨 零 音
2021年10月31日 21時30分
締め切り間際の #あなたへの手紙コンテスト にて


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この作品は 私設企画 #あなたへの手紙コンテスト 参加作品です。


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