[習作]サイカイカフェ #04 (#書き手のための変奏曲)
「あっついなぁ」
大雪旭岳源水とかいう雪融け水を売ってるような町の夏がこんなに暑いなんて、きっとよその土地の人たちは想像もしないんじゃないかな。冬の景色が有名でさ。冬にあんなに雪だらけになるところの夏の太陽がこんなにキョーレツだなんてさ。思わないよねきっと。あたしだって思わない。なんで自転車で来ちゃったんだろ。なんかもうどっぷりと後悔したよね。
お店についたら店の前のところは日当たり抜群な感じだったから、ちょっと裏の日陰に自転車停めさせてもらった。ほんとはお店のオーナーさんの私有地だけどさ。いいよね、顔見知りだし。
お店の横の駐車場には、黄色いポルシェのオープンカーが停まってた。あっつい日差しに良く映える黄色で、なんか夏の似合うミュージシャンのアルバムジャケットとかにありそうな感じ。真っ青な空と黄色いポルシェ。そのままイラストになりそうな景色だった。
お店の重たい木のドアを開けると、キーンって澄んだ音がする。ドアベルの代わりに風鈴みたいなのがついてるんだけど、これの音がまたいいのね。重たいドアを閉めたら外の世界と切り離された感じがして、なんだか特別な時間が始まるよって感じがする。この感じが好きだな。このお店の。
「いらっしゃいませ」って言って友達が出てくる。あたしを見てちょっとニコってした。でも特になにか言葉を交わしたりはしないのよね。高校のとき同じクラスにいた子。彼女は卒業するとすぐにこのお店で働き始めた。あたしも高校ではかなり浮いてたと思うけど、この子はもっと浮いてた。あたしたちは浮いてるもん同士で、班決めとかでよく一緒だった。初めて会ったときはぜったいこの人とは合わないって思ったのに、少しずつ仲良くなった。
卒業してあたしは歌い始めた。高校のときに受けたオーディションで合格して、歌手になったんだ。オーディションて言ってもローカルなやつで、全国区のテレビに出るようなのじゃないよ。市のイベントに出てって歌ったり、ショッピングモールでライブやったりとか、そういうやつ。でこの子は写真がすごくうまいから、あたしが歌手活動をするときの写真はみんなこの子に撮ってもらうんだ。もちろんちゃんとお仕事として頼むんだよ。写真家にならないのって聞いても、お店の仕事しながらでいいって言う。きっと写真ひとすじで一人立ちできるぐらいだと思うんだけど、本人にその気はないみたい。あたしが思うに、きっとここのオーナーのことが好きなんだと思う。だからこのお店から離れたくないんじゃないかなって、これはあたしの想像だけど。
「どうぞ」って奥に入っていく彼女の後ろからあたしもついてく。そしたらいちばん奥にいた人に声をかけられた。
「あれ? 優美じゃない? 優美」
誰? って思って見たら知ってる人だった。
「え、うそ。霧谷さん?」
あたしが答えると、霧谷さんは招き猫みたいに手をあげてチョイチョイチョイって動物でも呼ぶみたいに手招きした。ほんの短い時間でものすごく頭回して考えたよね。霧谷さんのとこへ呼ばれてって一緒にお茶するのかどうか。正直、ちょっとめんどくさいと思っちゃった。だって一人でゆっくりコーヒー飲むつもりだったからさ。でも呼ばれてるのにまさか「一人で飲みたいからヤです」とか言えないじゃない。しょうがないなあって、思いながらあたしは霧谷さんの向かいの席に行って、案内してくれた友達に霧谷さんが飲んでるのと同じやつを頼んだ。知ってる? おじさんはこういうときね、女の子が自分の飲んでるのと同じのを頼むと嬉しいらしいよ。覚えておくと吉。きっとおごってくれたりする。
あたしは椅子に腰かけながら急にぴんときた。
「そっか。外の車、霧谷さんか。納得」
そうだよね。この町であんな車、めったに見ないもん。あたしよく知らないけどポルシェのオープンカーって高いでしょ。あんなの買える人そんなにいないだろうし、だいたいお金あってもああいう車を乗り回すって発想の人がこの町には少ない気がする。
「なにが納得なんだよ」って霧谷さんが。わかってるくせに。あたしにお金持ちだと思われてるの知ってるくせにとぼけるんだなあ。
「こんなところでポルシェなんか珍しいからね。霧谷さんなら納得」
「だからなにが納得なんだよ」
おっと。まだそう来るの。ポルシェに乗っててすごいねとか言えばいいのかな。こう言ってほしいんだろうなって見えちゃうと、言ってやるもんかって思っちゃうよね。あたしひねくれてる? ちょっと違う方向からおだてよう。
「霧谷さんって社長さんなんっしょ?」
「自分で会社を起こせばだれだって社長になれるよ」
うわ。そこも素直に受け取らないの。社長さんなんでしょすごいね、ってあたしがバカ女っぽく言ってるんだからふんぞり返って自尊心くすぐられておけばいいのに。なんでかこじれた謙遜みたいなの発揮するよねこの人は。
「そうだけど、それがちゃんとうまくいってるんしょ」
あたしはもうなんで一生懸命このおじさんをおだてようとしてるのかわからなくなってきたよ。
「そうね。ポルシェ買えるぐらいには」
くっさ。鼻持ちならないわあこの人。あたしは一応「そういう風に納得」って言ってハハハって愛想笑いしといた。
ちょうどそこへ友達がアイスコーヒー持ってきてくれた。そしたら霧谷さんが「これもう一つ」って言ってアイスコーヒーのおかわりを注文した。
霧谷さんはなんかあたしにはよくわからないような、ITっていうの? インターネットでなんかするやつのサービスを運営してる会社をやってて、それがけっこう人気あって会社がどんどん大きくなってるみたい。町の成功者みたいにしてよく紹介されたりしてる。そういう風になるとこういう鼻持ちならない感じになっちゃうのかなあ。でもあたしも同じような感じで役場のチラシに載ったりしたけどさ。別にだからあたしすごいだろみたいに思わないけどな。あ、あたしの場合は実際たいしてすごくないからか。
「優美はどうしてるのさ。うまく行ってるのか?」
霧谷さんがなんか必要以上に斜めになって背もたれにもたれながら言った。そんなこと本当に気にするんなら買ってくれればいいのにさ、あたしの歌を。あのオープンカーでかけてくれればいいのにさ、あたしの歌を。
「けっこうね。ぜんぜん有名にはならないけどそこそこ曲は売れてる」
あたしは可もなく不可もない実際のところを答えた。
「配信とか?」って聞くから「もちろん」って言った。そりゃね。あたしだってディスクで出してショップに並んだりしたいよ。だけどいまどきディスクで出してもらえるようなところへ行く大変さを思ったらさ。自主制作みたいなので配信したほうがちゃんとお金になるんだよね。ちょっとしか売れなくても元が取れるから。
「へぇ、曲はどんなのやってるの?」
霧谷さんほんとに興味あって質問してるのかな。それともただ間を持たせるために聞いてるだけなのかな。よくわからないからあたしは適当な感じで答えた。
「自分で書くの?」
おいおい、あたしに曲なんか書けるはずないでしょ。知ってるくせに。どういうあれでこういうこと聞くのかなこの人は。
「じゃ曲は書いてくれるやつがいるわけか」
だからそう言ってるだろっつーの。
あたしが歌ってる曲はこの町出身で今はあたしも住んでる大きな町に暮らしてるロメオって人なんだ。ロメオはRo-meoって書いて、なんかチャラい人かなって思ったらそんなことなくて、ぜんぜん気取ったところのない素朴な感じの人なんだ。ロメオさんの作る曲があたしは好きだな。歌詞もロメオさんが書いてくれてて、なんかもうどうしてあたしの気持ちわかるの、ってぐらいあたしの気持ちなんだよ。だから自分の言葉みたいに歌える。あたしの歌が売れるのはロメオさんの曲がいいからっていうのが半分ぐらい、もっとかな、あると思うよ。あたしは霧谷さんにロメオさんって人が書いてくれてるよって話をした。
「なんだよそのふざけた名前は」
ふざけた名前ってねえ。本名だったらどうするんだよ。失礼だなあ。ふざけてないよ別に。なんていうかほんと、霧谷さん、仕事はできるんだろうけど、こういう感じなんだよなあ。人のことわからないっていうか、そういうこと口走ると聞いた人がどんな風に思うのかなっていう想像が足りないんだよ。あたしよくわからないけど、社長さんで成功するにはけっこう人とのやりとりって大事だと思うんだけどね。こういうデリカシーない感じでもちゃんと仕事はできてるのが不思議だなあ。
ロメオさんの名前、あたしはステキだと思ってたのに、ふざけた名前って言われたらもうなんか説明するのもばかばかしく思えてきちゃったよね。一応説明したけどさ。
そこにいいタイミングでまたアイスコーヒーが届いた。霧谷さんがおかわりした分のやつ。あたしは思わず彼女を見上げて「ありがと」って言っちゃった。霧谷さんの不愉快な話からあたしを助けてくれてありがと、って。
鳩が豆鉄砲を食ったような、って言い回しあるじゃない。まさにそれ、って顔して霧谷さんがあたしのこと見てた。あたしが店員さんにお礼言ったのが不思議なんでしょきっと。こっちは客だし金も払うんだから礼を言うのは向こうだ、みたいなこと言うような人だからさ。でもあたしは霧谷さんのアイスコーヒーを持ってきてくれたことにお礼を言ったんじゃなくて、ロメオさんの話をうまく終わらせるタイミングで来てくれたことにお礼を言ったんだからね。
霧谷さんがあまりにもおめめをまん丸にしてるから「同級生」って教えてあげた。彼女はあたしの同級生だよ、って。そしたら「ああ、そういうことか」って、まるで知り合いだからお礼言っただけ、みたいな風に解釈されたよね。どこまでも店員さんにお礼言うってことをおかしいって感じる人なんだなほんとに。なんでだろ。自分のために仕事してくれてる人に感謝ってないのかな。たしかにお金払うんだけどさ。だから感謝するなってのは変な話でしょ。
「そういうことじゃなくてもありがとうぐらい言いますけどね、あたしは」
あたしはせいいっぱいの皮肉を込めて言った。でも皮肉とかぜんぜん気づかないんだろうな、霧谷さんのような人は。
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