作戦コード:マー・ボウ
警報が鳴り響き、辺りはにわかに騒がしくなった。
「少し、早いな」
慌ただしく行き交う隊員を見下ろしながら指令が言った。
「はい。これまでの襲来サイクルから見ても今回は休眠時間が短かったと言えます」
指令の後ろに控える分隊長が答える。
「あれの状況はどうだ。間に合いそうか」
分隊長は指令の視線を追って格納庫の隅を見る。結露した透明のフィルムに覆われた巨大な物体があり、その周囲で隊員たちが慌ただしく動いていた。
「まだしばらくかかります」
「出力を上げさせろ」
「いけません」
分隊長は乗り出して声を荒げた。
「いけません。焦りは禁物です。万全の状態で復元しなければあれの力は発揮されません。急いても良いことはありません」
「しかし間に合わなければそれもまた元も子もないぞ」
「しかし、しかしですよしかし」
分隊長がしかしとしかしに挟まれて動けなくなっている間に通信士が「指令」と声をかけた。指令は格納庫を見下ろしたまま「どうした」と言った。
「はっ。当局から作戦変更の指示です」
「なに。この期に及んでか。敵はもう目の前なんだぞ」
「しかし予定されていたオーニ・ヨン隊の補充が間に合っておらず、当初の作戦は遂行できないとのことであります」
「なんだと。補給部隊はいったい何をしている」
指令は拳を握りしめた。
「新たな作戦指示書をモニタに出します」
指令室にいた者のうち、しかしに挟まれた分隊長以外の全員がモニタに注目した。
「なんてこった。ありあわせの部隊じゃないか」
「しかたない。なにしろ今回は急だったからな」
「補給も間に合っていないか」
室内の者たちは口々に言った。
「わたしはハンガーへ降りて間に合わせの部隊長と話してくる」
指令はそう言うと指令室の扉を開いた。部屋を出る前に振り返って室内を一瞥する。まだしかしに挟まれている分隊長を見て小さくかぶりを振ってから格納庫へと降りて行った。
指令が格納庫へ入っていくと一個小隊を率いる小隊長が気づいて歩み寄った。
「きみたちが来るとは聞いていなかったが」
指令は険しい顔をより険しくして言った。
「作戦の変更指示が届いているはずです。状況は刻一刻、変化するのです。予定されていたオーニ・ヨン隊は前回の戦いで被害が甚大だったんですな。その補充が間に合っていない。そこで我々が出ることになったと、こういうわけであります」
「オーニ・ヨンの問題で作戦が変更されたのか」
「それだけではないと思いますが、それも大きな原因でしょう。オーニ・ヨン抜きでやるとなれば代役を務められるのは我らぐらいです。しかし我々とオーニ・ヨンではだいぶキャラクタがことなります。代役ではありますが同じ作戦を実行するのは少々無理があります。加えて今回は主力も前回かなりの戦力を消費してしまっているのでそもそもベースに残っている連中だけで実行できる作戦は限られているのです」
「うーむ。致し方なし、か」
「なにぶん今回は準備期間が短かったですからな。時に現場の判断が必要になることもあるのです。ところであれ、使えるんですか」
小隊長は例の透明のフィルムに覆われた巨大な物体を見上げて言った。
「それはきさまが気にすることではない。きさまはきさまの役割を果たせばそれで良いのだ。コーネギー一尉」
「わかっております。もちろんお任せください。今回はナンパークの部隊も駆り出してきてますので」
「ナンパークだと。大丈夫なのかあんな甘っちょろい連中をまぜて。オーニ・ヨンではなくきさまの部隊が出るのであればよりインパクトが必要なのだろう」
「たしかに今回のミッションにはインパクトが必要です。しかし我々にではありません。他で強烈なのが来ることになっております。指令、今一度変更された作戦書をご確認ください。指令がすべてを把握していないとどんな部隊をそろえたところで我らに勝ち目はありませんから」
「ええい。わかっている。きさまは自分のなすべきことをなせ」
「はっ」
コーネギー一尉が大げさに敬礼して見せると指令は歯噛みしながら踝を返し、例のフィルムをかぶった物体の方へと歩み去った。
「よし、やろうども、いつでも出られるようにしておけ」
コーネギー一尉の一喝でナーガ隊とナンパーク隊の混成部隊が完璧にそろった敬礼を見せた。コーネギー一尉は満足して頷いた。
「おい。こっちはどうなっている」
指令は巨大物体の足下へたどり着くと近くにいた隊員に声をかけた。
「はっ。現在解凍率は75パーセント。順調にいけばあと二十分ほどで出られると思います」
「遅いな。五分でやれ」
「え。無理です。五分ではまだ部分的に凍ったままです」
「ではマイクロウェーブをもっと強くしろ」
「いけません。それでは細胞組織が変質してしまいます」
「具体的には?」
「は?」
「細胞組織が変質するとは、具体的に言うとどういうことなのかと訊いているんだ」
指令が一語一語を過剰に強調しながら隊員の耳元で叫ぶと、隊員は「は、はい。はい。はい。はい」と機械的に繰り返し始めた。指令ははいが止まらなくなった隊員の耳を引っ張って「はいは一回でいい」とわめいた。隊員はその場に倒れ、なおも「はい。はい。はい」と続けた。
「おい、きさま」
指令は別の隊員をひっつかんで叫んだ。
「はっ」
「マイクロウェーブを強くするとどうなるんだ」
「はっ。細胞組織が」
「それをサイボーソシキという言葉を使わずに説明しろ」
「はっ。簡単に言いますと、煮えます」
「煮える? どうせ火を通すんだからいいだろうが。何が問題なんだ」
「それは風味が落ちるといったようなことでありまして」
「では聞こう。融けきっていない状態と、煮えた状態、どっちがいいんだ」
「え」
「このまま戦線に投入するのか、それともマイクロウェーブの出力を上げて一気に解凍するのか、どっちがいいのかと訊いているんだ」
指令は地団駄を踏み散らかしながらわめき散らした。
「どちらかといえば少々凍ったままで出す方が良いような気はしますね」
「では準備しろ。このままでかまわん。すぐに出せるようにしておけ」
「え。まだけっこう凍ってますよ」
「かまわん。作戦が変更になったのでな。今回はこいつが先遣隊となる」
「え。そんな話は聞いておりませんが」
「今言った。聞いたな?」
「ア、アイサー」
指令は指令室に戻ると通信を開いた。
「主力部隊。そっちはどうなっている」
「大丈夫。問題ない。ちゃんと風呂につかって、今は休息をとらせている。大丈夫。万全だ」
「本当だな。では始めるぞ。始めて良いのだな?」
今回主力を務める部隊には扱いにくいやつが所属しているため、指令は念を押して確認した。
「大丈夫。万全だ。コントロールできている」
「よし。では始めよう」
指令は主力部隊との通信を開いたまま、館内マイクを握りしめた。
「これより作戦を開始する。時間がない。各自持ち場を死守し、なすべきことをなせ。始めろ」
「作戦開始」
「作戦開始」
指令の指示を受け、指令室内の者たちが次々に復唱した。
「オ・イールミサイル発射」
号令とともにミサイルが発射された。このミサイルにはアブ・ラウーリより提供されたゴーマ・アーブラが満載されており、これが目的地に着弾することで先遣隊を送り込むためのフィールドが生成される。ミサイルに搭載されるアーブラは作戦によって異なり、キャ・ノーラやオ・リーヴ、ゴーマ・アーブラなどの他、コーメ・アーブラ、ア・マーニ、グレー・プシードなどさまざまなタイプがある。場合によってはノン・オ・イールと呼ばれる、先行ミサイルを使用しない作戦もあるのだ。
ミサイルの着弾後、熱風が届く。始まった。もう後へは引けない。
「アーブラ・フィールド展開。モニタに状況出します」
円形に広がったアーブラ・フィールドがところどころふつふつと泡立っている、その様子がモニタに表示され、指令室にいる者たちは全員モニタに注目した。
「アイビー・キニーク、出撃」
格納庫の隅にうずくまっていた物体がうずうずと動きだし、かかっていた透明のフィルムがはじけるようにはがれ、おびただしいミミズの集合体のような姿が露になった。
「おぞましいな」
「今だけです。やつはすぐに細かく分かれて、フィールドの隅々に行き渡ります。ある意味では最強ですよ。なにしろ場と一体になりますからね。場を、支配するんです」
部分的に凍ったままのアイビー・キニークは半ば転がり落ちるようにカタパルトの端から落下した。激しい音を立ててゴーマ・アーブラが飛び散った。アイビー・キニークはフィールドの中央に横たわったまま動かない。
「なかなかばらけんね」
「凍ってますからね。やはり早すぎたんです。あれがばらけてちゃんと火が通るまで、次は出せませんよ」
「かまわん。ここで完全に融けるまで待つ時間はない。次の準備はできているのか」
「はい。次は複合ミサイルの援護射撃です。テンメントーバンジャーンミサイルにガーリクー弾頭を搭載してぶち込みます。こりゃぁ刺激的ですよ。今度の敵は刺激に強いみたいで、今回はトウガ・ラーシ炸薬も詰めた特別仕様のミサイルです。指令もゴーグルしといてください。爆風が目にしみますよ」
指令室にいる隊員たちは次々にゴーグルを装着した。
「だいぶ危険な相手のようだね」
「ええ。コウシーン・リョウのやつらが張り切ってますよ。麗しのファー嬢まで出るらしいですからね」
「そいつは、珍しい」
指令はモニタを見つめたまま抑揚のない声で言い、ゆっくりとした動作でゴーグルを装備した。
「複合ミサイル、発射」
発射されたミサイルは空中で無数の小さなミサイルに分かれ、フィールドの全体にまんべんなく降り注いだ。モニタ一面が真っ赤に染まり、一呼吸おいて肌を焼くような熱風が吹き込んだ。
「コン・ソーメスタンバイ」
「まて。コン・ソーメだと? やつでいいのか」
指令が口をはさむ。
「本来はダメですが致し方ありません。チューカ隊のトリ・ガーラは欠員補充ができておらず、しばらく出撃できていないんです。補給が行き届いていない現状ではコン・ソーメに行ってもらうしかありません」
「ぐぬぬ。そんなことで勝ち目はあるのか」
「お言葉ですが指令。アイビー・キニークの時点で既にいい加減な対処です。コン・ソーメの起用ぐらいで今更どうこうなりません」
指令は黙ったまま左手の親指の爪をバリバリ噛んだ。
コン・ソーメは格納庫にやってくると、用意されたタンクに飛び込んだ。湯気の立つタンクの中でコン・ソーメはたちまち溶け広がり、タンクの液体を琥珀色に染めた。
「射出」
コン・ソーメの溶けた液体はフィールドへと落下し、熱せられたゴーマ・アーブラによってバチバチと飛び散りながら馴染み、やがて静まった。
「うまくいったのか」
「ええ。順調ですよ。今のところすべて、うまくいっています。いよいよ主力の投入ですよ」
「主力部隊。聞こえているか」
「ぎゃー」
主力部隊とつながっている回線から悲鳴が届いた。
「どうした。大丈夫か。まもなく出撃だぞ。出られるのか」
「主役はあたしなのよぉ。あたしは代役じゃないのよぉ。あたしこそが求められた主役」
「何を言っている。出撃できるのか」
「あたしは代役なんかじゃないのよぉ」
「なんの話だ」
「あ、なにをするのだっ、ばっ、ばかもの、状況がわかって、いてっ、おまえいいかげんに、あたしこそしゅやk」
モニタでは落ち着きを見せていたフィールドの水面がふつふつと泡立ち始めていた。
「おい。もう限界だ。主力を出してくれ。なんでもいい。とにかく出せ」
「ぐゎぶぃー」
得も言われぬおぞましい声が響いた直後、モニタに白い物体が飛び込んできた。白い物体は空中で分解しながらフィールドへと落下して砕けた。
「バカモノ。もう少し穏やかに行かないと粉々になってしまうではないか」
「す、すみません。下ごしらえは万全だったのですが、キーヌ・ゴーシーはモー・メーンがいようといまいとこのミッションには最初からわたしが適任なのだと言って騒ぎ出し、あのようなありさまになりました。どうもキーヌはモーを意識しすぎるあまりに頭がおかしくなってしまって、四六時中自分の方が優れていると言い続けているんです」
「ばかな。そもそも役割が違うだろう。それぞれに適した場というものがあるはずだ」
「ええ。そうなんですがね。このミッションではどっちがいいのかと」
「どっちだっていい。わたしの好みで言えばキーヌだがな」
「それを聞かせてやれたら良かったですね」
指令はモニタの中でずるずるになっているキーヌを見つめた。
「ええい、センチメンタルになっている場合ではない。作戦は継続中だ。待たせたな、コーネギー一尉。出番だ」
「アイアイサー。行くぞ、ものども」
格納庫で待機していたコーネギー一尉は自らの小隊を率いてカタパルトに乗った。
「コーネギー隊、出撃」
一声叫んだ直後、コーネギー隊の面々はまとめて雑に打ち出されて行った。何人か、円形だったものが射出時にカタパルトに巻き込まれて引きちぎれ、引きちぎれながらもへらへらと笑いながら飛び去って行った。コーネギー小隊は先行した部隊の織り成すマグマのような液状の何かの上に散らばった。ナーガとナンパークの混成部隊にコーネギー一尉を沿えた部隊はグリーンとホワイトで構成されていたが、フィールドに着地するとまたたく間に赤く染まっていった。
「コーネギー隊の合流を確認」
「支援物資を投下しろ」
「支援物資、投下」
ニ・キューシュとショー・ユー、それにソル・ティペパーが投下された。
「よし。仕上げだ。ここが肝心だぞ。決して固まらせるな」
「わかってますって。いきますよ」
カタクーリをミズトーキしたものを少しずつ投下し、そのたびにフィールドをかき回す。次第にフィールドの粘性が増していく。
「いまよ」
突如空中に現れた麗しの姫、ファー嬢がゴーマ・アーブラを身にまとって踊るように飛び降りた。
「なんとかぐわしい」
指令は降りていくファー嬢にしばし見とれた。
「まだまだ終わりじゃありませんよ。今回は別動隊と合流しますからね。合体と言ってもいい」
「別動隊だって? それはラーイ・スーの連中か?」
「ラーイ・スー隊も動いてるようですが、今回はメーン隊とのランデブーが予定されています」
「なんだって。メーンとのランデブーなんて可能なのか」
「ええ。それも今回はレアなカータ・アーゲメンだそうですよ。これは見ものだ」
「アーゲメンとランデブーした上でラーイ・スーとも合流するのか」
「ええ。さらに未確認情報ですが、カ・ラーゲも来るようです」
「…。多すぎない?」
《了》
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