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雨音と傘のメヌエット

傘を広げたのは、ぽたぽた、と雨の音が聞こえたからだ。

 雨粒は傘に「と」と言ってぶつかり、一粒が幾粒かにはじけて花開いた。ぬかりない撥水コーティングの上で玉になった雨粒はしばしその場でこらえようとしてから周りの景色を閉じ込めて滑り降りる。骨と骨の間に張られた布地の表面を緩やかなカーブに沿って加速して縁に突き当たる。左右の低い方を瞬時に判断してその方へと進み、骨から突き出た足のところにたまって踏ん張る。振り落とされまいとして耐えるけれど、すぐに次の水滴がやってくる。さらに次が。あっという間に混雑し、耐えきれなくなって溜まった連中もろとも落下する。

「て」

 落下した先でぺたんこな声を出す。

「ぽた」
「と」
「ぽたとぽたとぽとぽたてとたぽとぽたとたてぽたぽてぽたてゃぽとてゃぽとぽたちゃ」

「ちゃぽたとたぽとちゃぷとたてぽとぽたぽちゃぷぽたぽてとたぽたちゃぷん」

 見上げた傘の向こう側で降りてきた雨粒たちがはじけおどりすべりぶらさがりおちる。おちたものたちは下で待ち構えている洗面器にたまる。

 ベッドの真上に落ちてくる雨粒を傘で受け止め、それをベッドの脇に置いた洗面器で受け止める。やがて洗面器は満たされる。手桶、どんぶり、茶碗、湯呑、尿瓶。受け止める容器が交代すると音色も変化する。て、ち、つ、と、た。音は次第に湿気を帯びる。てゃ、ちゃ、つゃ、とゃ、たゃ。てゃぷ、ちゃぷ、つゃぷ、とゃぷ、たゃぷ。てゃぷん、ちゃぷん、つゃぷん、とゃぷん、たゃぷん。

 しばらく降り続いた雨のせいで雨粒を受けられそうなものたちは出払い、ついに缶詰の空き缶が登場した。

 し。し。しぇ。しぇ。しょ。しょ。しょぴ。しょぴ。しょぱ。しょぱん。しょぱん。

 雨音はしょぱんの調べ。

あの傘、返さないから。絶対に。

《了》

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サトウ・レンさんのこちらのお誘いに誘われてみました。

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涼雨 零音
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