上海の思い出(2021年の下書きより)
私は肉まんが好きですが、あまり買って食べることはありません。
それは、「あの味を越えることはない」と分かっているからかもしれません。
*
コロナ禍で、海外へ気軽に行くことはできなくなってしまいました。
不思議なもので、行けなくなると、より行きたい気持ちが強くなります。
私はたまに、ある国へ行った時のことをぼんやりと思い出すのです。
それは、中国・上海です。
新型コロナウイルスが蔓延る前、2018年12月のことでした。
当時大学生だった私は、フリーペーパーを作るサークルに参加しており、
その取材合宿として赴いたのです。
初めての中国は衝撃的でした。
例えば、人と人とが会話する時の声のトーン。
私の感覚では怒鳴っている部類に入るような、とても大きな声で片方の人が話し、
喧嘩かな?と恐る恐る見てみると、もう片方の人も同じように声を張り上げて話す。
すると不思議と普通の会話に見える。
こんなことが何回かありました。
また、電車の通路などで人が道を塞いでいて、別の人が通ろうとしているとき、
私の日常だと塞いでいる人はよけるのが普通です。
でも、塞いでいる人は驚くことによけないのです。
ではどうするかというと、通る方の人はよけない人を押しのけたり、
踏んづけたりして通るのです。
そしてお互いに怒らないのでした。
このように中国では、なるほどこうするのもありなのか、と思うことばかりでした。
常識の違う人々を見るのは楽しいものです。
けれど、一番の衝撃は食べ物でした。
泊まっていた安いホテルの隣に、点心がいくつか売られている路面店がありました。
美味しそうな香りがたちこめ、食欲を刺激された私たちは店を覗いてみました。
看板には
・鮮肉大包
・豆沙大包
などとあり、写真と漢字からそれらが「肉まん」「あんまん」なのではないかと推測しました。
驚くべきはその値段でした。1つ2元、これは日本円に換算するとおよそ36円です!笑
あまりにも安いので少々不安でしたが、私は好奇心で肉まんを1つ頼んでみることにしました。
発音がわからないのでスマホのメモに「鮮肉大包」と打ち込んで見せてみました。
店員のお兄さんは「おー。」みたいな返事をして、すぐに渡してくれました。
そして二度目の驚き。手に取ってみるとそれは、あまりにも大きかったのです。
コンビニの肉まんの1.5倍はあるサイズでした。
「ガブ」
一気に頬張ったその瞬間、
「えっ?」
という声が出ました。
今まで食べた肉まんの味を遥かに超える美味しさだったからです。
まず、肉の量が多い。
そして味付け。一体何の調味料を入れているのか、というほど、
日本では食べたことがないような、激しいほどの旨味。
「うまいっ!うまいっ!!!」
一緒に買った仲間たちはみんな感動しながら、
夢中で肉まんを食べました。
たった36円でこの美食体験です。正直500円は払ってもいい味なのに。
すぐに他の商品もどんどん注文しました。
豆沙大包(あんまんのようなもの)も、焼き小籠包も、
とにかく全部ありえないくらい安く、ありえないくらい美味しかったです。
ホテル滞在中私たちは幾度となくこのお店を利用し、
離れる時には、「もう二度とこの味を食べられないかもしれない」と、
名残惜しさでいっぱいでした。
*
たった3年前のことですが、今となっては遠い昔のように感じます。
それくらいここ数年でいろいろ変わってしまったから。
けれど、病気が蔓延ろうと、国がどうなろうと、
暮らしている人々や食べ物、日常はまだそこにあるのです。
いつかまた、あの美味しい肉まんが食べたい。
淡々と自分の日常を過ごして、たまに自分と違う日常を覗き見るような、そんな生活がしたい。
そう思いながら、今日も一日を過ごすのでした。