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読書メモ『食料と人類 飢餓を克服した大増産の文明史』(ルース・ドフリース著)

今回の読書メモは・・・ガチガチに堅実な本について書いていく。
ルース・ドフリース(著)、小川敏子(翻訳)の日経ビジネス人文庫
『食料と人類 飢餓を克服した大増産の文明史』である。

この本を読んだのは結構前・・・それも1年か2年ぐらい前だった覚えがあるのだが・・・
おぼろげに覚えていた濃厚な内容の一部を思い出しつつ、重要と感じたことをまとめておきたいと思ったので、読書メモを書いていく。


最近の食料事情と人口増加

『食料と人類 飢餓を克服した大増産の文明史』は、タイトルの通り人類がどのように食料を生産することで飢餓を克服するようになったかを説明する、壮大な歴史本である。
食料生産技術の進化は人類の進化とほぼ同義なので、まるで人類史のような内容と言っても良いだろう。
それから、「食糧問題」という身近でかつ最重要そうな問題について考える本でもある。

現代の食糧問題について考えるにあたって、とりあえず重要なのは…
「近年の人口増加」の基礎知識である。
先の書籍ではまずそのことについてが書かれていた。
大体西暦1800年ぐらいから人類の人口増加が最も激しい時期がやってきた・・・と書かれている。
それからそれぞれの時期の世界人口を述べていくと・・・
1800年約9億5000人とされ、1900年約15億人とされ、その後にさらに人口爆発が起こって1950年には約25億人2000年には約60億人とされている。
それから、2010年約70億人に迫る勢いとされている。
最新で出ているデータだと、2023年約80億人とされている。

ただ、日本のような先進国に関しては少子化が進んでいるため、今後の人口遷移がどうなるかの予想が難しいが・・・
なんにせよ、人口が増えるとなると、それに伴って食糧生産も行わないといけないのが当然の話になる。

近代から現代にかけての食糧問題を考えるにあたって、まずはこうした人口遷移の基礎知識を頭に入れておこう。

たんぱく質生成のメカニズム

現代の日本で生きていると、なんやかんやで食べるものはそこら中にあるので、餓死や食糧危機は実感しにくいが、アフリカなどでは食べ物自体が手に入らず、飢餓に苦しんだり餓死したりする子供たちがいる・・・みたいな話をよく聞く。
単純な考えだと、食糧が足りないのであればとりあえず食べれるものを農業で育ててたくさん生産すれば良い。米とか小麦とかをたくさん生産してとりあえずそれを食べとけば飢えをしのげる・・・と考えるかもしれない。
しかし、人間が生きていくためには、米や小麦のような炭水化物だけでは足りない・・・

西アフリカのガーナという所では、「弟や妹が生まれたために乳離れさせられた子どもに起きる病気」を意味する「クワシオルコル」と呼ばれる栄養失調があるらしい。
これの原因は・・・端的に言うとタンパク質の不足である。
そう。肉や乳や豆などから接種できるタンパク質が無ければ、人間は満足に活動することができないのである。

タンパク質を構成するアミノ酸の分子構造の一例

タンパク質を構成しているものに「窒素(N)」がある。実は、タンパク質の分子を構成する窒素が人間の身体の中で大きなはたらきをするようになっている。だから、タンパク質を取り込むことは窒素を取り込むことと同義であり、それが人間の身体に必要な栄養素にもなっている。
窒素は空気中にたくさんあるが、生き物の身体はそれを直接取り込めるようにはできてない。だから、身体に窒素を取り込むにはタンパク質を食事で接種するしかない。

・・・というわけで、乳・肉・魚・卵・豆・ナッツ類・種子などの食べものからタンパク質を摂取するしかない。
魚や鳥は特に良さそうだし、豚や牛は畜産業で育てて生産するのが一般的だが、牛や豚を育てるための飼料がたくさん必要になり、kgで換算すると何倍もの飼料が必要になるなど、色々と大変さもある。

植物からタンパク質を摂るなら豆系のものを食べるのが適している。そして、マメ科植物は特別な力を持つことが1800年以降に解明されるようになった。マメ科植物は「空気中から窒素を取り込める特性」という、他の植物にはない貴重な特性を持っていることが明らかになった。
クローバーやインゲン豆や大豆などのマメ科植物には、地中の細い根に根粒がいくつもあり、この根粒のなかに微生物がたくさん生息する。この微生物が重要な役割を果たす。
土壌微生物の一種である根粒菌(リゾビウム)は、窒素ガスの原子の強い結合を切り、水素原子三つ(H3)と窒素原子ひとつ(N)のアンモニア(NH3)に変換するはたらきを持つ。こうして「アンモニアとなった窒素」が植物へ取り込まれるようになる。
このように、空気中の窒素分子が動植物の一部としてはたらくような窒素化合物へ変わることを「窒素固定」と言う。
マメ科によるタンパク質生成は、空気中の窒素原子を固定化して取り込む特別な微生物の働きが大きいわけである。
また、マメ科を育てる場合は、他の植物と比べて窒素を多く必要としないことも分かっている。

このように新しいことが発見されたが、小麦などのマメ科以外の植物を育てるには窒素がやはり必要になってくるし、加えてリンといった元素も必要になる。
そんなわけで・・・次の項では肥料の重要性と、人類がそれを獲得していった歴史について説明していこう。

食糧生産の基本三元素

食料は土に種を植えれば自然に育つ・・・と考えられているが、実はそのための肥料もとても大事である。
中でも、最も重要な元素は「N・P・K」の三つであることが有名である。
窒素(N)は葉と茎の生長に、リン(P)は花と果実の形成に、カリウム(K)は根の生長に必要な元素である。
肥料無しでの栽培も可能ではあるし、それには自然栽培やオーガニック栽培などの名前がついているが・・・やはりこの三つを使うのと使わないのとでは生産量が全然違ってくるらしい。食糧問題を解決するレベルで食糧生産を行うには、この三つの元素の確保と適切な循環が必須になる。

それぞれの元素の確保にもまた人類による多大な創意工夫と、発見や技術革新によって発展していった歴史がある。

リン(P)

リン(P)は大体、動物の糞尿に含まれているため、糞尿を用いた肥料はリンの確保にも該当する。
日本に「肥溜め」があったように人間の糞尿も適切に扱う必要があるわけである。
だから、人類が農業で地道に糞尿利用する努力は、リンの確保のため合理的な意味もあることが近代になってから明らかになった。

さて、それとは別件で、1854年にロンドンで凶悪な経口感染症である「コレラ」が大流行した。当時のイギリスは下水設備が十分でなかったし、衛生管理が雑であったし、街の悪臭もとんでもなかった。そんな理由もあり、1865年になってロンドンに下水道がようやく通された。
しかし、それは同時に人間の糞尿に含まれる資源を捨てることにもなるので、リン不足に繋がることにもなる。

また、19世紀になってどんどん人口が増加していったし、街が発展して人が増えていくとどうしてもたくさんの食べ物が必要になる。それに伴う食糧生産をどうしていくか考えなければならない・・・
実は「グアノ」と呼ばれる海鳥の糞にはリンがふんだんに含まれている。海鳥の糞が優れた肥料であることは南米の古代インカ帝国の人は知っていて利用していたのだが、ヨーロッパの人達はなかなか気づかなかった。
1800年代前半あたりにドイツの探検家アレクサンダー・フォン・フンボルトがインカの肥料を調査して、グアノについてをつきとめた。ヨーロッパの科学者たちがそのサンプルを調べて、窒素とリンがふんだんに含まれていることを知ってから、グアノがヨーロッパに広まっていった。
1840年にはすでにグアノがさかんに取り引きされるようになり、さらにそれは多大な利益が出るためグアノの利権争いが起きるようになった。
とはいえ、数十年ぐらいでその資源が枯渇するようになっていく・・・

その後、リンの確保をどうするか、色んなことが考案されるようになる。
まず、骨や歯にリンが含まれているが分かった。
そのため、北米ではバッファローの頭蓋骨と骨が注目されるようになる。これを硫酸で処理すると「過リン酸肥料」というものができ上がる。それを売買するベンチャービジネスが行われた。
これもまた供給が需要に追いつかなくなり、原料の値段がどんどん上がっていくようになった。

そして1843年。とある教授ととある海軍大佐がイングランド王立農業協会から特命を受けてスペインのセビリアに行った。そこで岩と岩のあいだに細かく走る層をサンプルとして持ちかえり、それを調べてみると、骨と歯の化石が豊富に含まれていることが分かった。骨と歯の化石が豊富に含まれているということは、リンが豊富に含まれているということである。
ここで発見された「リン鉱石」は、他国の各所にも同様に存在することが分かった。人類はリン鉱石の発見によって、食糧問題の解決法を新たに見出すことができた。
それ以降、リン鉱石がリン肥料の主原料となり、今でも農業のために各所で採掘がされていて、日本でも使われている。

窒素(N)

窒素(N)もまた、糞尿に含まれるものであり、リンと同様に重要な肥料だと言えるが、確保の手段がリンとは別にある。

窒素を多く含む石に「硝石」というものがある。
これは火薬の原料にもなるため、古くから人類に使われていた。
さらに1800年になってからは人口増加による食糧問題解決のためにも注目されるようになった。それから、南米の西側にあるアンデス山脈あたりで硝石が発見され、これがヨーロッパや北米に向けて積極的に輸出されるようになった。
これもまた貴重資源になり、争いが起きたりする。アンデス山脈はチリ、ペルー、ポリビアといった諸国をまたがっているが、硝石の鉱脈がある砂漠地帯の支配権をめぐってチリがペルーとポリビアに戦争をしかけるようになる。これは「硝石戦争」などと呼ばれ、1883年にチリが勝利した。

こうして貴重資源を争奪していると、だんだんと硝石やグアノが枯渇してくるようになってしまう・・・。そうなると食糧問題がまた悩ましい問題になってくる。どうしたものだろうか・・・
1906年。ドイツのフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュがその突破口を開いた。これまでの物理学の研究によって、空中に存在する窒素は雷のような火花放電によって固定できると証明されていたが、その有効な方法までは分からなかった。
そんな中、ハーバーがその方法を発見した。ハーバーは何度かの挑戦で金属片の触媒に窒素ガスを通すことで窒素の固定することに成功した。ハーバーはこの工程の特許を1908年に取得した。
さらにドイツの化学メーカーがハーバーの特許を買い取り、カール・ボッシュがそれをさらに量産するための仕組みを考案した。こうして固定窒素を量産するための肥料工場が誕生した。
それらの生産方法は「ハーバー・ボッシュ法」として確立されようになり、世界的に有名な方法となる。
1918年にハーバーはこの功績をたたえられてノーベル化学賞を授与される。また、ボッシュも同僚のフリードリッヒ・ベルギウスと共に1931年にノーベル化学賞を授与される。

こうした大規模な工場を動かすにはエネルギーが必要である。すなわち、石炭や石油も必要になってくるということであり、人類はエネルギー革命によって肥料を入手することができるようになったことを意味する。
人類はハーバー・ボッシュ法によって、19世紀以降の爆発的な人口の増加にも対応できるようになったわけである。
(しかしながら、ハーバー・ボッシュ法はその一方で、爆薬の原料となる硝酸を大量に作ることもできるため、兵器開発にも役立つことになったのはまた別の話・・・)

カリウム(K)

カリウム(K)については先ほどの書籍にはあまり書かれていなかったので、別途、調べた情報を書いておく。
カリウムは植物の根の形成に大事であり、根菜類では他の植物以上に必要とされる。

リンや窒素と同様、カリウムにも技術革新があった。水酸化カリウムの電気分解による製法が1920年代に開発され、産業規模で用いられるようになった。
それから、金属ナトリウムと塩化カリウムを化学平衡を利用して反応させて生産する方法が1950年代に主流となった。

カリウム肥料のための資源は「カリ岩塩」などカリウム含有量が非常に高い鉱石を用いる。
世界中のさまざまな場所でカリウム鉱石が採掘され、日本もそれを輸入している。

肥料の公害問題

人類の歴史上、産業革命が起きたのは18世紀後半頃からであり、そこから人類はめまぐるしく進歩していった一方で、工業化による様々な公害問題が発生するようにもなった。

肥料にもそうした公害問題がある。
「N・P・K」の3つは植物の育成を促進させる多大な効果がある。
そしてそれが人類の手によって鉱石から採取されたり科学的に生成されたりで大量生産されるようになった。
大量に生産された「N・P・K」はその結果、どこかに捨てられるようになったり、どこかの川に流れてしまうようになる。

その結果何が起きるのか?
まず、「リン(P)」の過剰供給による弊害がある。
リンを水中に捨てたりすると、水中の栄養分が過剰になり、海中の藻みたいな植物が想定外なレベルで育ちすぎてしまう。
藻類が異常発生すると日光が遮られて水中に届かなくなり、光合成ができずに酸素が生まれなくなる。湖に生息する生き物達はそれによるダメージを受けてしまう。
こうした現象を「富栄養化」と言う。

次いで、「窒素(N)」の過剰供給による弊害がある。
窒素が水に流れていくと、これもまた藻類と植物がすさまじい勢いで成長するようになり、それが一気に枯れて腐ると水中の酸素がなくなる。
生き物が死ぬレベルで酸素が極端に減った海域のことを「酸欠海域」と言う。

さらに、土壌に大量に投入された固定窒素は、どんどん窒素ガスに還元されるようになる。その大部分は窒素ガスのままだが、一部は亜硝酸窒素として大気に入るようになる。
この亜硝酸窒素は・・・温室効果ガスの一種であるため、地球を温める効果がある。地球温暖化問題までここに絡んでいるのである!

このように、人類は18世紀以降の産業革命によって様々な公害問題について考えなければならなくなったように、肥料の後処理問題についても考えなければならなくなったわけである。

今現在の日本の肥料の輸入問題

さて、これまで説明してきた肥料は、基本的に海外でないと採掘できないものばかりなので、日本では採ることができない。日本は石油を輸入しないと入手できないように、「N・P・K」の肥料の原料も輸入しないと入手できない。
ここで、今の日本はどれだけ肥料を輸入しているかについてを見ていこう。

これに関しては、先の書籍を参照するよりも…
農林水産省が公式で出している『肥料をめぐる情勢』の資料を読めばよく分かるようになっている。

「N・P・K」の肥料に関してだと…
窒素の原料の輸入は主にマレーシア。リンの原料の輸入は主に中国。カリウムの原料の輸入はカナダとロシアを利用していたりしたが、情勢的にロシアが難しくなってからはカナダを中心にしている。

その他、『肥料をめぐる情勢』の資料には色んなことが書かれている。
例えば、世界の肥料消費量の推移、肥料の原料が一番採掘できる国、肥料原料の輸入通関価格の動向、肥料対策の全体像・・・などについてや、その他にも色んなことが書かれている。
ちなみに、肥料消費量に関しては、肥料消費量が特に多い国は中国・インド・ブラジル・アメリカなどで、日本は全体の約0.5%程度とされている。
これを見ると、今現在で人口増加に伴う食糧生産が大量に必要な国はどこなのかをざっくりと把握することができる。

それから、日本はいつまでも輸入に頼るわけにはいかないので、下水から肥料用のリンを採取する研究も行われている。

神戸市では特に研究が進んでいるので有名らしい。

肥料といったらやはり原始的なやり方は糞尿の利用・・・となるため、このような取り組みには期待したいわけである。

その他の色んな話

以上。
書籍『食料と人類 飢餓を克服した大増産の文明史』の内容について書いていった。特に肥料についてを主にまとめていった。この辺りは自分が特に勉強になったと感じた所だったのでまとめた。

この書籍には、他にも色々なことが書かれている。
じゃがいもが食糧危機を救ってたすごい話、トウモロコシが品種改良で激変した話、病に強いすごい小麦が作られていく話、大豆の話……etc
さらには農薬の話、肥満と糖尿病の驚異の話、エネルギー革命が重要な話、そもそも原始の農業革命によって人類はどう変わっていたのかの話……etc

難しくて濃厚な内容なので、じっくり読むのに時間がかかるが、とても勉強になる内容だった。
本当はその他の話についても書きたかったが・・・
肥料メインの話についてで今回は長くなってしまったので、一旦ここで終わりにしておこうと思う。

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