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レプリコンワクチンの怪談が広がっている件についての頭痛が痛い問題

はじめに

 コロナワクチンのラインナップにこの秋から加わった次世代型ワクチン「コスタイベ筋注」(レプリコンワクチン)が、悪い意味で注目を集めている。

 3年前に登場したm(メッセンジャー)RNAワクチン(ファイザー社やモデルナ社のコロナワクチン)は、主成分のmRNAが体内で比較的早く分解していくのに対して、新しいレプリコンmRNAワクチンは、mRNAが自己増幅することで体内で比較的長持ちするそうだ。そのため、抗体も長持ちすることが期待されている。

 このレプリコンワクチンが危険だとの噂が、まことしやかにささやかれている。

 反対派の間では「レプわく」などと略されているらしい。

広がる懸念

 新しいものなので懸念する人がいること自体は理解できるが、問題はその中身である。ワクチンは毒で、しかも自己増殖することで接種者の呼吸を通して周囲の人がワクチン成分を取り込んでしまうというのだ。「シェディング」と呼ばれている。あまりにも荒唐無稽と言わざるを得ない。

 レプリコンワクチンを危険視する言説は、当初は一部の過激な陰謀論者、反ワクチン団体、尖った政治団体等に限られていた(夏ごろからビラ配りなどをしていた)。

 ところが10月に接種が開始されるのと前後して、一般の飲食店、美容室の一部が「シェディングを防ぐためレプリコンワクチン接種者お断り」という張り紙を出し始めたようである。

あるコーヒー店のTwitter投稿

 さらには大学(札幌大谷大学)までもが、レプリコンワクチンが危険であるとする声明を出した。大学による声明は反対派をいっそう勢いづかせた。

札幌大谷大学の声明

札幌大谷大学の声明

 レプリコンワクチンへの懸念が一般に広がるきっかけになったと考えられるのが、日本看護倫理学会が発表した声明である。

日本看護倫理学会の声明

 「シェディング」の危険に言及しているだけでなく、「遺伝子が操作され」「後世に悪影響」など、穏やかでない。

 医療系の学術団体による声明である。少なくない人々に真剣に受け止められたことは想像に難くない。

 真面目に考えるべき論点も含んではいるが、先行して広がっていた無根拠な陰謀論の流れを汲んでいる点も多く、問題のある声明である。特に「シェディング」「後世に遺伝」といった主張は、(原子爆弾被爆者に向けられた)「ピカがうつる」と同レベルの偏見が「入店お断り」などの形で現実化しており、非常によくない。

リスクコミュニケーションの不足

 Meiji Seikaファルマの社長は、非科学的な主張を繰り返す専門家には「厳正に対処」すると言っている。
 当然である。でも、それだけで良いのか?

 mRNAワクチンが登場した当初、「mRNAは体内ですぐに分解される」という説明がされていた。mRNAが自己増幅するレプリコンワクチンの使用に当たっては、この説明を修正する必要があるはずである。でも、修正する説明は未だ見かけない。

 通常のワクチンと同様の観点(臨床試験の成績等)に基づく安全性とリスクの説明は、Twitterやマスメディア上で専門家がしている。ただ、こちらも一部の専門家の善意に頼っている感がある。

 2021年、新型コロナに対応したワクチンは人類待望のワクチンだった。中でも初めて実用化されたmRNAワクチンは当時の流行株をほぼ完全に制圧できるぐらい効果抜群だった。疫病を食い止めるため、日常を取り戻すため、行政も医療者も全力でワクチンの接種を推進したし、市民も協力した。その中で生じた不安についても、行政、専門家は丁寧な説明を繰り返したし、マスメディアも彼らの説明を繰り返し伝えてきた。

 しかし、今は2024年。初めて実用化されたレプリコンワクチンは、べつに人類待望のワクチンというほどのものではない。3年の実績があるファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンがあるし、第一三共の国産mRNAワクチンもある。他に選択肢があるのだ。あの頃のコロナワクチンや、今接種が急がれているHPVワクチンのような「必須アイテム」ではない。

 だから、行政や公的機関にも、あの頃のコロナワクチンやHPVワクチンのような、積極的なコミュニケーションをする理由に乏しい。というか、複数社が出している商品の1社だけ手厚くフォローするのはおかしい。

 したがって、リスクコミュニケーションはMeiji Seikaファルマが主体的に行うべきなのである。でも、Meiji Seikaファルマ側からはそうしたアクションがみられない。日本看護倫理学会の声明の「インフォームドコンセントがなされていない」という指摘に関しては同意せざるを得ない。先に書いた通り、現状は一部の専門家の善意任せになっている。

 レプリコンワクチンについては、もう一つ問題がある。取り扱っているクリニックを探すのが難しすぎる。

 これは、クリニックにとっても、わざわざレプリコンワクチンを選択する理由が乏しいためではないかと思う。

 懸念が広がっていたり、取り扱いを公表すると嫌がらせの電話がかかってくるといった支障があるそうだが、それ以前の問題として、実績ある他社ワクチンが選択肢にある上に、問題のレプリコンワクチン「コスタイベ筋注」は1瓶16人分も入っており、接種者がたくさんいる状況でないと扱いづらい。

東京の内科クリニックが説明する事情

 このままでは、レプリコンワクチンは商売的な観点では「マーケティングの失敗」として市場から消えていくことになる。

 それ自体は正直知ったことではないのだが、「リスクコミュニケーションの失敗」に陥り、「危険なワクチン」として人々に記憶されてしまうと、将来の公衆衛生、ワクチン行政、パンデミック対応に禍根を残しかねない。HPVワクチンの失敗を繰り返してはならない。Meiji Seikaファルマにはきちんと説明をしてほしい。伝える協力は惜しまないから。

レプリコンワクチンの真面目な懸念

 真面目に心配な点を敢えて挙げてみる。

 自己増幅してmRNAが長持ちする、それで抗体の生成が長く続く、ということで、副反応が長引くのではないか?という懸念はある。発熱とか、倦怠感とか、稀な心筋症とか。既存のmRNAワクチンでも若い男性に心筋症のリスクがあることは知られていたから、レプリコンワクチンではそのリスクが少し上がっているかもしれない。ただしあくまで推測。

例のアレ

 Twitterでは、レプリコンワクチンの取り扱い医療機関がレアもの扱いとなっている。ただでさえ少ないのに、嫌がらせ対策で公表を控えているために本当にどこで打てるのかわからないのだ。

 ついには、非公式・クローズドな情報共有が始まり、接種希望者の間で「横浜でアレ打ちたい人は教えてください」「例のアレ、広島で募集してます」といったやりとりまで始まっている。さらには、反ワクチン派が嫌がらせ電話をかけるための医療機関リストが接種希望者の役に立っているとか。

本当に欲しいもの

 今年の春まで無料で打てたコロナワクチン、この秋からの接種では、一般人は15000円ほどが相場らしい。(コロナ重症化リスクの高い)高齢者は補助が出るところが多いそうなので積極的に接種してほしい。ただ、一般人にとって15000円は躊躇いなく出せる金額ではない。インフルエンザ予防接種が3000〜4000円ぐらいなのと比べても、ずいぶん高い。

 今、我々が本当に求めているのは、効果を高めた新型ワクチンよりも、効果はそこそこだけど安いワクチンなのではないか。インフルエンザワクチンと同様の不活化ワクチンを、インフルエンザワクチンと同じぐらいの値段で出してくれたら迷わず打ちに行くのですが。

 不活化ワクチンは、コロナ禍のさなかに中国が世界に先駆けて開発した。mRNAワクチンより効果が見劣りするので先進国には普及しなかったけど、安価で大量に供給できたことで、途上国を中心に多大な貢献をした。

 そんな不活化ワクチン、国産品を明治グループのKMバイオロジクス社が開発しているそうだけど、いつになったら市場に出してくれるんでしょう。

新型コロナ "不活化ワクチン" への期待

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