13日の金曜日、14日の土曜日
彼はいつも、13日の金曜日にやってきました。
18:00になるとノックもせず入ってきて、久しぶりだねとか、元気?とか、そんなことを言いました。
私は、待ってたよと答えて、スリッパを出しました。彼のために置いてあるスリッパ。私が勝手にお揃いにした青いスリッパ。
その後彼は勝手にソファに座って、部屋を見渡して、変わらないねと笑いました。私はちょっと笑いました。返事も反応も全部わかってるのに、茶番をしているのが楽しくなったからでした。
一度だけ、どうして13日の金曜日に来るのかと訊いたことがありました。彼は私のことを殺したいのだと言いました。ではどうしていつも殺さないのかと訊くと、私の御飯が食べられなくなるのは惜しいと言いました。
彼は手土産だと思っているのか、いつも煙草を一箱持ってきました。なぜか毎回違う銘柄で、君の好みがわからなくてと言いました。私は喫煙者でもなかったけれど、彼が持ってきた煙草は吸いました。
私は晩御飯を出しました。彼が御飯を食べているところを見るのが好きでした。ラーメンを出した日の、滴る汁や、麺を啜る口が好きでした。ハンバーグを出した日の、綺麗な食べ方に見惚れました。今からこの人に食べられるのだと知らされることだから。
彼は食べ終わると、私の手を握って、いいよね、と言いました。彼の手も好きでした。彼の手はかさついていて、私のものより大きかった。毎日使われている手でした。
彼は私の返事を待つことなく、カッターを取り出して、私の腕を切りました。痛みはさしてありませんでした。彼は痛いかと訊きました。私は痛いと言いました。彼は悦んでまた切りました。血が滲みました。また切りました。カッターに血がつきました。また切りました。心臓が早鐘を打ちました。そのうちに彼は絶頂したらしく、天井を見上げて息を吐きました。私はその顔を見るのが好きでした。
私はカッターを奪い取って彼の腕を切りました。彼は少し顔を歪めました。そのまま傷口と傷口を合わせて擦り付けました。私は恍惚を感じて、そのまま彼の唇を奪いました。彼の唇は嫌いでしたが、いつもそれを忘れてキスしてしまうのでした。
私は彼の首に片手を掛けました。彼も私の首に掛けました。私たちはいつも絞めませんでした。その日はなぜか、私が絞めてしまいました。彼は驚いた顔をした後、私の首を絞めました。彼は苦しそうでしたが、目だけがかがやいていました。
私たちはそのまま縺れ合うようにして倒れ込みました。私は彼の身体が好きでした。服がめくれ上がって白いお腹に黒子が見えていました。目を閉じずにこちらを見据えていたので、私も見つめて返しました。全てが私の理想の人でした。愛していました。愛されていたのだと、今でも信じています。
彼はいつも始発で帰りました。癒着した皮膚を剥がすために、私はいつも3時頃起こされました。またねとは言いませんでした。さよならとも言いませんでした。ただ気障な彼らしく手の甲にキスをするだけでした。
彼が帰った後、少し仮眠をとりました。8時頃起きて、スリッパにつけたカメラを取り外しました。その次に天井とテレビのカメラを取り外しました。スマホの録音も確かめて、煙草に火を付けて、細く息を吐きました。
いつしか彼は来なくなりました。10月13日、彼は来ませんでした。その次の年の9月13日は来ました。どうして来なかったのかと訊いたら、煙草が無かったのだと言いました。
彼がくるのが2回に1回になり、3回に1回になり、来なくなりました。ですが今でも13日の金曜日には汚れてもいい服を着て待っているのでした。14日の土曜日に煙草を買うのがルーチンになりました。
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