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あやかし生徒会はお化け対策で手いっぱい ファイル2『死出の地下階』

ファイル2 東階段、死出の地下階


「ねえ、綾花さん、昨日の案件調査のことなのだけど」

 朝のホームルーム前、教室の席について荷物をかばんから出しているといきなり生徒会長の冨塚アウラさんから話しかけられた。
 朝一番に芸能人のような金髪美女に話しかけられるとやっぱり緊張して固まってしまう。
 同じ生徒会役員で同じクラスだけれど、普段は所属する女子グループが違うのでクラスではあまり積極的には話しはしていない。

「えっと、ロッカー小僧のこと、ですか?」

 そもそも、普通家庭の私と違って生粋のお嬢様なので、私と話題が合いそうな気がしない。

「あのね、先生には言わないでほしいんだけど、私昨日の調査でかなり恐ろしい映像撮れちゃったの。それでそういうことに詳しい綾花さんに相談したくって」

 霊感が強いということを私自身周りに吹聴ふいちょうすることはなかった。
 そして、私の方から霊に関することを他の人にさとすこともない。
 けれども、私が今所属している生徒会は私のこの霊感を頼りにされているのだ。
 つまり生徒会の仲間から聞かれた場合のみ、その心霊案件のさわりについてわかることだけ答えていた。

 生徒会の仲間といっても会長のアウラさんと書記の私のふたりしかメンバーはいないけど……。

 とりあえず話を聞いてみると、昨晩アウラさんは私がロッカー小僧の調査をしているときに別の怪奇案件の調査をしていた。
 調査先はこの学校の七不思議にも数えられている東階段だ。
 私の転校してきた聖エーデル学園はいわゆるお化け案件の多い学校だった。
 それにともなう怖い噂や怪談も多く存在し、転校してきたばかりの私が教えてもらったものだけで7つには収まらないほどの数があった。
 その中でも総合的に考えて特に危険度の高いものが警告の意味もかねて七不思議と呼ばれているらしい。
 その向かった東階段の方で恐ろしい出来事があったということだった。

 東階段の七不思議、それは『死出の地下階』と呼ばれている怪談だ。
 
 夜中に東階段を訪れると1階の階段の隣に地下への階段が出現するときがあり、その階段はあの世へと繋がっているというものだ。
 そもそも夜に学内にいること自体が稀なんだけど、部活や委員会の活動で遅くなった生徒がその地下への階段を目撃したということで噂が持ち上がったようだ。
 しかし、あくまで証言のみの風聞であり、実際にその地下へと降りたり、映像を取ったということはないらしい。

 アウラさんはその噂の『地下への階段』を撮影したというハンディカメラを差し出してきた。
 もうこの時点で私はかなり嫌な予感がしていた。
 なぜかというと私の今までの経験からして、仮に少々幽霊らしきものが映像に紛れ込んでいるという程度のことであれば、むしろ仲間内で盛り上がっているはずだからだ。
 つまり、まだそれほど仲がいいとは言えない私に相談に来ている時点でかなり危ない映像であることが想像できた。
 正直見たくはなかったが、アウラさんは半ば強引に映像を再生して見せてくる。

 映し出された光景は夜の学内の廊下のようだった。

「暗くてよく見えないぜ。ちゃんと夜間撮りの設定しろよ?」

「うーん、私、こういう機械あんまり使ったことないからよくわからないのよね」

 かろうじて廊下と前を進む人影が判別出来る程度でその影が誰なのかもわからない。
 映像の中でアウラさんを含めて人影同士が声を掛け合っている。

「すなお~、あそこ何か人の顔みたいに見えない?」

 恐怖スポットを調査しに来ているのにまるで遠足にでも来ているように口調は軽い。
 しかし、その映像に大きな違和感があることに私は気付いた。

「……確か、昨日アウラさんひとりで調査に行ってましたよね?」

 私の問いかけにアウラさんは身を固くしてわずかに頷く。

「……映像の中に、ふたり、いませんか?」

 映像の中で動く影、映像を取っているアウラさんのことを考慮すると別の人影が写っているということはその場面にはふたりいる計算だ。
 しかし、その人数が合わない中であってもそのことを指摘する声は映像の中で上がっていない。

「気が付いてました? ひとり増えていること?」

「覚えてない、全然覚えてないのよ。少なくともその時は気付いていなかった!」

 注意深く見ているとふたりはお互いの名前を時折呼び合っていたのだが、その中で聞き覚えのない名前があった。

「この『すなお』って呼ばれてる人はだれですか?」

 アウラさんが呼んでいる『すなお』という名前は私も心当たりがなかった。

「わからない、こんな奴知らない」

「でも、この映像の中でアウラさんはこの人のことを『すなお』って呼んでるようなんですけど」

「だって本当に知らないもん、こんな奴」

 そのひとり増えた人物とも思える『すなお』という名前で呼ばれている影は映像が暗すぎて、男女の区別もはっきりしない。

 そうしているうちに映像はくだんの東階段に着いた。

「み、見ろよ、確かにいつもはない地下に行く階段があるぜ!」

 『すなお』と呼ばれている人影が東階段の地下に行く階段を示唆する声を出した。
 その声はアニメの男子キャラクターを演じている女性声優のような声でやはり男女の区別がつかない。
 映像の中のアウラさんは現出している地下への階段に慌てふためいているようだった。

「ちょっと、降りてみようぜ」

 映像の中の『すなお』はひとりで東階段の地下階へ進んで行っているようだった。
 しかし、映像は暗すぎて本当に東階段に地下への階段が現われているのかは見えない。

「おい、アウラも一緒に行ってみようぜ」

 『すなお』はしきりにアウラさんを地下階へ誘っているようだった。
 何度も誘いの呼び声を発していたが、やがて『すなお』の声は階段の下から聞こえなくなった。
 そして、しばらくの間、映像の中を静寂が支配する。

「えっ、私何していたの、今の、誰だったの?」

 映像の中でアウラさんは頓狂とんきょうな声をあげていた。

「なになになんなの、やばいよ、逃げないと」

 アウラさんが怯えた声をあげながら、しきりに叫んでいる。
 映像はその悲鳴の後、腕が下げられたためか廊下の表面ばかりを映していたがやがて切れてしまった。
 あらためてアウラさんは私に迫ってくる。

「ね、やばいよね、これ。いつの間にか私に知らない何かがまぎれて、地下に誘い込もうとしてたんだよ」

 映像を見る限り、アウラさんの言うような怪現象のようにも思える。
 しかし私はもう一度アウラさんに確認してみた。

「この『すなお』って呼んでた人、本当に知らない人なんですか。だって名前を呼んでたでしょ?」

 知らない人間がいつの間にか紛れ込んでいたのであれば、アウラさんがその人物を『すなお』と呼んでいたのは少々不自然に思える。

「いやいや、私『すなお』なんて奴知らないし。東階段の下に消えて行ったあと、誰か知らない人がいたって気が付いたのよ!」

「東階段に行くまでの間はなんとも思わなかったの?」

「わかんない、でも知らない奴が混じってるとは感じなかったと思う。ねえ、綾花さん、私これからどうしたらいいかな。お祓いに行った方がいいかな?」

 アウラさんは結構真剣に問いかけているように見えたが、私はこの映像をまずは先生に見せて相談するように忠告してみた。
 しかし、彼女はそんなことしたら生徒会では学園のお化け案件に何も対処できないと宣伝するようなものでしょと逆に怒ってくる。
 埒が開かない状態だったが、ホームルームの時間になって教室に先生が入ってきた。
 そのため私は取り敢えずアウラさんに悪いものが憑いているようには見えないとだけ説明した。
 クラスの生徒が皆席に着き、先生が出席を取り始める。

「あれ、その空いてる席、誰の席だ?」

 先生が声をあげた先を見ると、確かに教室の真ん中あたりの席がひとつ空いている。

「おい、その席は欠席か、誰が欠席だ?」

 先生はその空いている席の隣の生徒に誰がいないのか尋ねてきた。

「えっ、え~と、俺の隣、誰かいたかな?」

「おいおい、なんだよそれ」

 奇妙なやり取りだった。

 先生がいぶかしんだ通り、席が空席のままそこに置かれているということはありえない。
 当然誰かの席のはずなのだが、私も含めた教室の中の誰もその席が誰の席なのか分からないのだ。
 最後には先生も不思議そうに出席簿でひとりずつ確認して読み上げていった。

「あっ、こいつじゃないのか、今この教室にいる奴で見覚えがないし」

 そう言って先生はひとりの生徒の名前を読み上げた。

「こぶとがたな、すなお……こぶとがたな、すなお、いるかあ?」

 先生は『こぶとがたなすなお』という名前を読み上げる。
 しかし、同じクラスの生徒なのに私には初めて聞く名前に思えた。
 でも、『こぶとがた、すなお』は何かとても不吉なことを感じさせる名前だった。
 次の瞬間、先ほど東階段の映像を見せてきたアウラさんが叫び声をあげた。

「いやああ、だれ、だれよ、『すなお』って」

 私はアウラさんの絶叫ではっとした。先ほどの映像の中で彼女のとなりに紛れていた何かも『すなお』という名前だった。
 取り乱すアウラさんにクラス中が呆然とする中、私はそっと先生のところに行って出席名簿を覗き込んだ。
 そこには『小太刀砂緒』という名前が確かにあり、先生が発した通り『こぶとがたなすなお』と読める。
 うちのクラスの出席簿は男女混合なので、この『こぶとがたなすなお』という生徒が男なのか女のかもわからない。
 どちらでも取れる名前だけど、普通に考えると女子生徒のように思える。

「先生……先生もこの生徒のこと知らないんですか?」

 私はささやくように尋ねてみた。

「いや……誤植かな、俺もこの名前の生徒は初めて見た気がする」

 私の問いかけに先生も訳が分からないといった感じだった。
 結局、映像を見せてきたアウラさんは先生から取り乱した事情を聞かれ、しぶしぶ昨夜の学校での調査のことと映像のことを説明した。
 先生はそのことは問題だとしながらも彼女の気分がすぐれないということで私も付き添って保健室に行き、そのまま早退することになった。
 アウラさんはしきりに『すなお』が教室にいるんじゃないのか、私に悪いものが憑いているんじゃないのかと問い詰めてきたが、やはり私には何も視えないと答えるしかなかった。

  ◇

 その日の放課後、私はあの知らないクラスメイトのことをずっと考えていた。
 頭の中で色々と考えた結果、私の中でひとつの仮説が生まれていた。
 けれども、それはとてもとても恐ろしい仮説で、深く調べようとすれば私やアウラさんにも災いが降りかかるかもしれなかった。

「……私はできるだけ目立たずに生きていこうと誓ったじゃない」

 幽霊に関して深くかかわると私にとってろくでもないことになるのはよくわかっている……はずだった。

「ああ、もう……!」

 それでもいてもたってもいられなくなった私はホームルームを終えて職員室に向かう先生を呼び止めていた。

「あの、先生、朝言ってた『小太刀砂緒こぶとがたなすなお』さんのことなんですが……」

 私があの知らない生徒のことを口にすると先生が笑って答えてきた。

「ああ、あれな、ごめんごめん、やっぱり誤植だったよ。もう直しておいたから」

 そう言って先生は出席簿の名簿を見せてくれた。
 そこには朝にはあったはずの『小太刀砂緒』の名前が消えている。
 修正液で消されたような直しではなく、名簿自体が作り直されたようだった。

「えっ、もう、直したんですか?」

「なんだ、何かおかしいのか?」

「いえ、その彼女、『こぶとがたな』さんって、本当にうちのクラスにはいなかったんでしょうか?」

「どういうことだ、若見?」

「だって、席がひとつ空いていたのも不自然ですし、昨日のあの東階段の映像に『こぶとがたな』さんらしい人が映ってたんです」

 私は意を決して、疑問に思っていた仮説を告げてみた。

「先生も聞いたことがありますよね。東階段の地下階のこと。この『こぶとがたな』さんはあの東階段で異空間に消えてしまったんじゃないでしょうか?」

 先生の表情が少しこわばったような気がした。

「はあ、東階段の地下階なんて単なる噂だろう。それで生徒が消えたなんてお前何言ってるんだ?」

「でも、先生も知ってるでしょ。この学校実際に色々と不思議な事件が起きてますよね、もしかして生徒の失踪を隠すために名簿をすぐに直したんですか?」

 我ながらかなり不用意に踏み込んだ憶測だとは思った。

「馬鹿なこと言うな。『こたちすなお』なんて男子生徒は確実に存在していなかった。お前変な風に考えすぎだぞ」

 先生に怒鳴られて、私はショックで頭が真っ白になってその場で声も出せずに立ち尽くしてしまった。

 先生のその言葉は私にとって想定の範疇を超えたものだったからだ。

「えっ、先生いまなんて、『こたちすなお』?」

 先生が発した名前はまたしても初めて聞く名前だった。
 いや、それが本当の名前、『小太刀砂緒』は『こぶとがたなすなお』という女子生徒ではなく、『こたちすなお』という男子生徒。
 それに先生はさらに重要なことを口にしていた。

「先生、なんでその小太刀さんが『確実に存在しない』って知ってるんですか、まだみんなの勘違いかもしれないのに」

「いや、それは」

「もしかして小太刀さんの住所録が残ってて、電話連絡で家族に確認したんじゃないですか、『こたちすなお』さんという男の子はいませんかって。そこでもそんな子はいないって言われたんですね」

「お前何言ってるんださっきから」

 先生はさらに語気を荒げたが、私も食いしばった歯のあいだから声を押し出した。

「だって、クラスメイトがひとり消えたかもしれないんですよ!」

 私も混乱する思考を沈めようとしていたが、先生の方が先に冷静な表情になった。

「じゃあ、聞くが、その消えたっていう小太刀砂緒こたちすなおはどんな生徒なんだ?」

「えっ、どんな生徒って?」

「男か、女か、身長は、体型は、髪型は、性格は?」

「……いえ、それは、だって」

「なんだ、おまえが心配しているっていうその大事なクラスメイトについては何も知らないなんて自分で何を言ってるのかわかってるのか?」

 そこまで言われて私は何も返す言葉が出なくなった。

「もう、いいな」

「えっ……」

 必死に抗う私を置いて先生は背中を向けた。

「もし、お前がその小太刀砂緒こたちすなおについて何か思い出したなら、その時は先生に教えてくれ」

 そう言って先生は職員室に向かって歩いていった。

  ◇

 次の日、映像を見せてきたアウラさんに昨日のことを尋ねると、彼女は神社にお祓いに行ってきたと言う。
 そして、そこでも何もいていないと言われ、残しておくと良くないと忠告されたため問題の映像も消してしまったようだった。
 そうしてアウラさんはもういいよありがとねと昨日の騒ぎなど何もなかったかのように振舞っていた。
 私はアウラさんに確認してもらいたいことがあったのだけど、そんな彼女を見ているとそれすらも馬鹿らしく思えてきた。

 アウラさんのスマホにはもしかすると『小太刀砂緒』の連絡先が残っているかもしれない。

 けれども、そんな思いはもう気にしないことにした。
 私のスマホの電話帳に『小太刀砂緒』という名前は見つけられなかった。 
 転校してきたばかりだから確定的なことは言えないけれど……少なくとも『小太刀砂緒』と私は連絡先を教えあうほどの近しい間柄ではなかった……はずだ。

 それだけで少し胸をなでおろす自分がいたのだった。

〇 聖エーデル学園生徒会第一書記 若見綾花のお化けレポート

「東階段、死出の地下階」(七不思議)

 聖エーデルの七不思議、それは心霊案件が多いこの学園の中でも総合的に危険度が高いことから特別に警戒されている7つの怪異である。
 東階段の七不思議、それは『死出の地下階』と呼ばれている怪異で、夜中に東階段を訪れると1階の階段の隣に地下への階段が出現し、その階段はあの世へと繋がっているというものだ。
 月明りが消えてなくなる新月の夜に出現するという噂もあるが真偽は定かではない。

 今回、生徒会会長の冨塚アウラが映像を撮ることで調査を試みて、すでに消去してしまったが一時は映像を撮ることも成功している。
 その際に冨塚アウラを地下階にいざなおうとする『すなお』という人物も映像に映り込んでいた。
 けれど、もしかすると最悪の想定として生徒会のメンバーがひとり階段下の異世界に飲み込まれたのかもしれない。
 私はもちろん冨塚会長にも消えた生徒会メンバーの記憶が残っていないので検証が非常に難しい。

 ただ、今回出席簿から小太刀砂緒という消えたかもしれない生徒の名前が分かったことから、書類などの痕跡は消えていないようなので、何らかの追跡調査は可能かもしれない。

【東階段、死出の地下階の危険度】 
 夜の学校ということで遭遇する機会が少ないことと興味本位で地下階に進まなければ霊障からは避けられるとはいえ、人が記憶とともに存在自体がこの世から消えるかもしれないという重大な影響から考慮して、危険度ランクは【A】が妥当と考える。


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