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てんぐのノイエ銀英伝語り:第44話 旅立ち〜少年は、ついに自分のドラマの主人公に

 物語の“主人公”としてのラインハルトは、三国志演義で言えば曹操のようなピカレスクヒーローなんですよね。帝国の支配者として時代を牽引し、社会の最大多数の要望をダイレクトに叶え、何より華もあるから擁護者も多い。芳樹御大の若い頃からの曹操びいきを反映させてるとも言えます。だけど客観的に見れば、「それ主人公のやるこっちゃないだろ」って所業も色々と多いんですよね。
 これに対しユリアン・ミンツはというと、これはもう正統派の主人公像そのもの。実のところ、“主人公”という点において言うなら、ラインハルトと対になるべきキャラクターは、ヤン・ウェンリーでもトリューニヒトでもなく、このユリアンではないかな
 そもそも、このノイエ銀英伝が始まると聞いたときは、「ユリアンを主人公にして銀英伝を再構築するって手もあるんだよな」とも考えましたし。
 今週は、そんな正統派の主人公、ユリアン・ミンツの巣立ちであり、彼が真に自分の人生の主人公となった記念すべき第一歩でした。

ユリアンとヤンを和解させたもの

 ヤン家初めての親子喧嘩もめでたく終結しましたが、やっぱりフレデリカの助言は正しかったですな。
 ユリアンへのヤンの二度目の説明は、銀河最高クラスの戦略眼の持ち主であり、同時に頭でっかちで人間的には未熟なお兄さんの言葉で、それだけを聞いてるとナイーブな少年の心に響くものはなさそう。でも、それで良いんです。要するに、「提督から拒絶された」というユリアンの思い込みを解くには、ヤンが思い切り素の自分を晒すことが一番だってことです。それを感じ取れたというのが、ユリアンは一番嬉しかったんじゃないかな。

 ついでにちょっと小ネタ解説をひとつ。
 ヤンが自分用の瓶ビールと一緒に、ユリアン用に持参したシャンメリー。
 あれって多分、元ネタは道原かつみ版のワンシーンなんですよ。
 ヤン艦隊が初めてイゼルローン要塞で新年を迎えた際、新年パーティのどんちゃん騒ぎより静かな休暇が良いと、司令部詰めを引き受けたムライ参謀長の元にパトリチェフが差し入れとして持参したのがシャンメリーでした。ムライさんのことだし「司令部でアルコールはいかん」と言うだろうから、雰囲気だけでも新年祝いの乾杯をしましょうや、という意味で。
 本当にノイエスタッフは、過去版の細かいところも拾っていくのがわかります。

ユリアンやピーターたちの“立場”

 ユリアンへの挨拶回りを受けていくヤン艦隊幹部の反応は、見ているとなかなかに味わい深いものがあります。筆頭格は、前述のムライ参謀長かな。
 本人はあえて提督のために引き立て役をやろう、メルカッツ提督とも一線を画して接しようとしてたから鼻持ちならないと思われてるかな、と思ってますが、素直な銀英クラスタなら大抵この人のことはチャーミングだって見るでしょうね。
 でまた、面白いのが、そのムライ参謀長も含めた一癖も二癖もありそうな面々がユリアンの前では素直な表情を見せるところです。この辺がユリアンの正統派主人公パワーというところでしょうか。

 ところで、この艦隊幹部たちと普通に対話が許され、要塞戦の折にはなぜか司令部に入室を許されてたユリアン・ミンツ少年を、“軍人”として見た場合はどう解釈するべきか。
 最近考えてるのは、彼やピーター・リーマーたちは、一種の「士官候補生」扱いだったんじゃないでしょうか。根拠は25話の初陣回で、基礎体力訓練だけでなく、艦隊司令官付き副官であるフレデリカが直々に銀河情勢の座学の講師を務めてた、あのシーンです。もし彼らが普通の少年兵だったとしたら、ここまでの対応は普通やらないでしょう。このような“特別待遇”はユリアンだけでなく、あの場にいた少年兵全員がそうだった、と言えます。
 恐らく、軍に入隊する以前に、その士官候補生資格試験か何かをパスしてたってところでしょうか。
 ただ、そうは言ってもヤン艦隊クルーの本音は「特別扱いでもなんでもしてやるから陸戦兵だろうが空戦隊だろうが使い倒す!」というところでしょう。実際にはベテランを引き抜かれて空いた頭数の穴埋めになってくれれば御の字くらいのものでしょうが、そこで本当に士官そのものの能力に開花してしまったのがユリアン・ミンツだった、と考えると自然です。
 そして、様々な部署で軍人としてのスキルを獲得して少年の頃から駆け上がるどころか飛翔するように栄達していくのは、実は少年時代のラインハルトと同じなんですな。ただ、ラインハルトは周囲からの敵意に晒され、キルヒアイスただ一人を友としてそれを粉砕してきたのに対し、ユリアンは周囲すべてから愛情を注がれ、多くの戦友を得ています。
 ここも、ユリアンがラインハルトと対を為す存在であることを示すポイントです。

ユリアンの戦士としての技量(比較対象:ヤン・ウェンリー)

 ユリアンと和解した途端に過保護モードに入っちゃったヤン提督ですが、こんな姿を見ると揶揄いたくなるのが不良中年シェーンコップ。好きな子にイジワルしたくなるって、小学生男子かアンタは
 で、そんな小学生男子の魂を持った不良中年に言わせると、ひとりの戦士としてはヤンよりユリアンはよほど優秀とのことです。
 でも、この場合の比較対象は、ジェシカを助手席に乗せた地上車で首都高バトルができる歴代ヤン・ウェンリーでも屈指の反射神経を持つノイエヤンですからねえ。
 ちなみに、その歴代ヤンの中で最上位に来そうなのは宝塚版ヤンです。なにせジェシカをリンチしにやってきた憂国騎士団と生身で乱闘して、そのジェシカとユリアンを庇いながら単身で撃退したくらいですから。
 で、そのヤンより“よほど上”なユリアン、実はこのファイティングコンピューター並みに強くなってたりするのかな。

 1月からの完璧始祖編シーズン2、楽しみだなあ。

自分の人生の主人公たれ、ユリアン

 視聴者としても、ユリアンを見てると保護者気分にもなってくるんですが、それだけにユリアンが、あのイゼルローン要塞という環境に居続けると、本当に「ヤン提督のため」にしか生きられない人生になりそうで心配になってました。
 そもそも、両親を喪って以後、この子の人生は常に「誰かの役に立て」と求められるものでしたし、それに対してユリアンは優等生的に応え続けてきてしまいました。でもそれは、ヤン提督というヒーローのサイドキックであり続ける人生でしかありません。
 だけど、今回のフェザーン赴任辞令を受けて巣立った後のユリアンは、魔術師ヤン・ウェンリーの助手サイドキックでもなければ、乱世の英雄ピカレスクヒーローラインハルトのライバルでもなく、自分自身が自分の主人公となります。
 そして、この主人公ユリアンは銀河に存在する、そしてこれから先出現するほぼ全ての陣営に属する人々と出会い、その陣営の本拠地すべてに足跡を残す冒険者です。
 それは、世界を自陣と敵陣に分け、敵陣に属する人々を全否定する価値観――ヤンがユリアンに説いた自分たちが絶対善と考えること危険性そのもの――と対極にある価値観の体現でもあるんです。

 ヤン・ウェンリーって、保護者としてはとても満点とは言えません。甘く採点しても、士官学校時の低い方の成績と同じく赤点ギリギリってところでしょう。
 でも、ここでユリアンに「誰の人生でもない、自分の人生だ」と言って巣立たせたヤンは、ユリアンにとっては最高のお父さんでありお兄さんでした。

今日のシメ(ドリフ風に)

 ババンババンバンバン! 「風邪ひくなよ!」
 ババンババンバンバン! 「野菜食えよ!」
 ババンババンバンバン! 「歯を磨けよ!」
 ババンババンバンバン! 「宿題やれよ!」
 ババンババンバンバン! 「また来週!」

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