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第64回講談社児童文学新人賞受賞作『王様のキャリー』のご紹介

第64回講談社児童文学新人賞で大賞を受賞した、まひるさんの『王様のキャリー』。
昨年の選考会で猛烈に賞に推したその『王様のキャリー』が、いよいよ出版されるとのことで、ひとりでも多くの方にこの作品の魅力をお伝えしたいと思い、紹介記事を書くことにいたしました。

『王様のキャリー』は、まわりに気を遣いすぎてしまう繊細な少年・勝生(かつき)と、傲岸不遜な態度で「王様」と呼ばれる車椅子の凄腕ゲーマー・リオが、テレビゲームを通じて絆を育んでいく友情物語です。

近年話題のeスポーツを題材にした作品というと、普段ゲームで遊ぶことのない方は、「自分にはちょっと理解できないかも」と思われるかもしれませんが、その心配はいりません。ゲームの描写がわかりやすいことに加えて、主役のふたりが実際にゲームの世界で活躍しているような臨場感があるおかげで、ゲーム中のプレイ映像が自然と頭に浮かんできます。
勝生とリオは中学2年生ですが、ページ数は170ページ程度と短めで、科白のやりとりも多く、文章も読みやすいので、読書に慣れている子なら小学校4年生くらいからでも読めるのではないでしょうか。

この『王様のキャリー』を、私は昨年の最終選考会の前に5回読みました。普通は短期間に何度もくりかえし同じ作品を読めば、展開だけでなく細かな会話の内容もだいたいおぼえてしまって、純粋に物語をたのしむというよりは、内容の確認や分析という側面が強くなっていきます。
けれどこの作品にかぎっては、4回目に読んだときも5回目に読んだときも、作品を読みはじめてすぐに自然と笑顔になって、物語をたのしんでいました。勝生とリオのちょっとずれたやりとりがおかしくて、王様キャラなリオの言動に心のなかで突っこんだり、勝生の天然具合ににやけたりしているうちに、いつのまにか物語に惹きこまれているんです。

そんなふうに何度読んでも物語に夢中になれるのは、なんといっても主役の勝生とリオが魅力的だからでしょう。
マイペースで偉そうで口も悪いけど、いつも筋は通っているリオと、天然気味で気弱なところもチャーミングな勝生。リオも勝生もつくられたキャラクターという印象がなく、ページの向こうでたしかに生きているような存在感があります。
だからこそ、勝生とリオがただたのしそうにゲームで遊んでいるだけで、こっちまでいっしょにたのしくなってしまう。ふたりが本気でぶつかりあう場面では、心が引き裂かれそうになってしまう。
何度も読んで展開や会話の流れがわかっていても、登場人物たちのなにげないやりとりににやけたり、胸が痛くなったりする。それほどの魅力を持った作品は、そうそうないのではないでしょうか。

また、主役のキャラクターとならんで魅力的に感じたのが、この作品における障害の描きかたです。リオは脚が不自由で車椅子を使っていますが、『王様のキャリー』では彼の障害を特別で悲劇的なものとして描くことはありません。
なので例えば、勝生がはじめてリオの家に遊びにいった帰り、リオの母親から、「理王の脚のこと、なにか聞いた?」と尋ねられた勝生はこう答えます。「いや、なにもです。(中略)僕、リオのファンだったから。聞きたいこといっぱいあって、部屋でもずっとゲームの話をしてたんです」(p.48)。
脚のことが気にならないわけじゃないけど、もっと気になることや話したいことがいろいろある。そんな勝生の科白からも伝わるように、物語の空気は軽やかでさわやかです。

しかしそれは障害という要素を軽く扱っているということではありません。車椅子ユーザーのリオが感じている歯がゆさや、障害を持たない相手へのコンプレックスは、物語を通じて誠実に描かれ、彼の言動の端々から痛烈に伝わってきます。
リオが常日頃どんなふうに思い、どんなことを願っているのか。『王様のキャリー』の物語を読みながら、私もはっとさせられるところがありました。
この作品のメインターゲットである小中学生の読者に、リオの心を知ってもらいたい。そう強く思ったことも、この作品を大賞に推した理由のひとつです。

それからもうひとつ、『王様のキャリー』の魅力として紹介したいのが、リオと勝生は友達でも親友でもなく、「王様」と「家臣」だということです。
「王様」と「家臣」という関係性はなんだかいびつで、「友達」より劣るもののように思えてしまうかもしれませんが、決してそんなことはありません。
勝生は相手が尊敬する「王様」だからこそ、必要なときにはまっすぐに自分の意見を伝えることができる。リオも「家臣」を自称する勝生にあきれ気味の態度をとりながらも、彼が「家臣」を表明してくれることで、あるがままの自分でいることができる。
物語の最後でリオと勝生がたどりついた場所は、ふたりが「王様」と「家臣」でなかったら、たどりつくことができなかったでしょう。ただの友達とは違う、彼らだけの特別な絆に、きっと胸が熱くなると思います。

「ゲーム好きでもそうでなくても、夢中で読めること間違いなし! 笑って泣けて、大切なことを教えてくれる、最高のエンタメ作品です!」
『王様のキャリー』の帯の推薦文にはそう書かせていただきました。とびきりさわやかで心に響く、最新の講談社児童文学新人賞受賞作『王様のキャリー』、ぜひ実際に手に取って、勝生とリオの物語に触れてみてください。

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