見出し画像

第65回講談社児童文学新人賞 選評詳細版

第65回講談社児童文学新人賞は、荒川衣歩さんの『古手屋てまり 長崎出島と紅い石』に決まりました。荒川さん、ご受賞おめでとうございます。
私が選考委員を務めた4回の選考会のなかで、もっともスムースに大賞作品が決まりました。全選考委員絶賛の素晴らしい作品です。

その新人賞の選評が、こちらのサイトで公開されています。しかし公開されている選評は文字数制限の都合で簡単な感想しか書けなかったので、改めて詳細な選評を書くことにいたしました。
あくまで私の個人的な感想にすぎませんが、最終候補作の作者の皆様、そして講談社児童文学新人賞に応募を考えている皆様の参考になることを願っています。

「古手屋てまり 長崎出島と紅い石」
江戸時代の長崎を舞台にした捕物帳で、私はあまり時代小説を読み慣れていないのですが、この作品からは当時の長崎の風景や人々の暮らしが鮮やかに伝わってきました。

登場人物たちもいきいきとして血が通っている印象で、派手な個性がなくても言動のひとつひとつにそのキャラらしさがにじみでていました。主役のてまりとその友達だけでなく、医師の竜崎先生やてまりの父親といった物語を脇で支えるキャラまでしっかりと魅力的でした。個人的にはてまりの父親がチャーミングで特におきにいりです。

スイーツやおしゃれなど、現代の子どもたちにも人気の要素を物語のなかに無理なく取りいれることで、200年前の登場人物に親近感を持たせる工夫もうまいなあ、と思いました。うまいといえば終盤で主役のてまりを活躍させる展開も見事で、伏線も巧みでした。文章も流れるようで読みやすかったです。

メインの事件の内容が地味なのと、遠い世界のことを知りたいというてまりの憧れの着地点については手を加える必要があるかと思いますが、その程度の修正は造作もなくやってのけるだろうと期待できるだけの力量が作品から感じられました。単行本として出版された作品を読ませていただくのをいまからたのしみにしています。

余談になりますが、この「古手屋てまり」を読んだのをきっかけに、これまで敬遠しがちだった時代小説を読むようになりました。
まずは有名どころからと思って、『居眠り磐音』シリーズを読みはじめたらすっかりハマってしまい、現在21巻目まで読み進めています。ほかにも読みたい作品がいろいろ見つかりまして、時代小説の魅力を教えてもらったことに感謝しています。

「さよなら、さんかく」
この作品を佳作とするかどうかで、1時間半あまりにわたって白熱した議論がくりひろげられました。中学生での妊娠と中絶という、児童書としては挑戦的なテーマが高く評価されましたが、肝心の内容に魅力が乏しいということで受賞には至りませんでした。
作品を通じて伝えたいことがある、というのはわかるのですが、それならなおのこと物語を魅力的にして、読者を物語に惹きこむことに力を尽くさなくてはいけないのではないかと思います。伝えたいことを優先したせいで、クライマックスも盛りあがらないのでは本末転倒です。

また、この作品については、語りの視点が頻繁に変わることも気になりました。
物語が多視点で進むのは悪いことではありません。しかし、主人公の両親に産婦人科医に彼氏の兄貴にカウンセラーにとあちこちに視点が飛んだ結果、主人公の影が薄くなってしまうのは、うまいやりかたとはいえません。
主人公の千沙が中絶を決めるまでの葛藤とか、彼氏の帆高が千沙と距離を取ることを決心するまでの苦悩とか、もっと書くべき場面がいろいろあったのではないか、と感じました。主役は千沙と帆高のはずなのに、物語がそのふたりを置き去りにして進んでいるような印象を受けました。

もうひとつ気になったのは、「その情報いる?」というようなディテールの描写が多いことです。例えば物語冒頭の帆高の幼少期のエピソードは、後半から帆高の母親の視点で語られるのですが、彼女の生活上のこだわりとか仕事のシフトについての葛藤とか、帆高とは直接関係のないことがあれこれ触れられます(穂高の母親の登場は冒頭の場面だけ)。
脇役でもしっかり血肉を備えた人間として描くことは重要ですが、無闇に詳細に書けば人物が鮮明になるというわけでもありません。それに、この場面で書くべきことは帆高の母親自身ではなく、母親の目を通じて見た幼少期の帆高の姿でしょう。ほかのキャラの視点でも余分な情報が多くて、主役のふたりの物語に集中できないと思うことがありました。

視点の問題にしてもディテールの問題にしても、書くべきことの取捨選択が次の作品を執筆するにあたっての課題ではないかと思いました。

「BUZZ」
中学生が寂れた商店街を盛りあげるために奮闘する物語なのですが、中学生だけで商店街再生のアイデアを考え、そのアイデアが次々に成功して、とんとん拍子に商店街が活気づいていく展開に現実味がなく、物語にはいりこめませんでした。失敗を重ねながらもめげずに頑張ったり、大人たちとの衝突と和解を描いたりしたほうが、物語として盛りあがったのではないかな、とも感じました。

また、登場人物がやたらと格好いい科白を口にするのも気になりました。
印象的な場面で印象的な科白があったらぐっとくるものですが、狙っているな、格好をつけてるな、というのが透けて見えるような不自然な科白だと、逆に白けてしまいます。特にその科白が漫画やラノベでしばしば見かけるような類のものだと余計に。登場人物が自分の言葉で話していないように感じられて、リアリティも損なわれてしまいます。無理に格好をつけたりせず、そのキャラだからこその自然で等身大の言動を意識して執筆してみてはいかがでしょうか。

終盤に明かされるラジオネームのしかけについては、「なるほど」と感心したのですが、直後に「いや、SOSの主の正体がわかってるなら、祭りの企画とかしてないですぐに手を差し伸べようよ!」と全力で突っこんでしまいました。普通に手を差し伸べても払いのけるような相手だから、あえて直接アプローチはしなかった、という解釈はできるんですけど、それにしたってそこをすっ飛ばすのは、ねえ?
いくら感動的なしかけを用意していても、そこに至るまでの展開に説得力がなければ逆効果です。科白の件ともつながるところがありますが、あることを知った(見た・きいた)主人公がどんな行動を取るのが自然か、それによって物語がどのように動くのかを、しっかりと考えることが重要ではないかと思います。

「Let's go 1型人生」
1型糖尿病というテーマには非常に惹かれました。1型糖尿病患者の主人公・美加についても、無闇に前向きなわけではなく、将来に不安を感じたり自分の境遇を呪ったりしながらも、なっちゃったものはしょうがないと病気を受けいれて、趣味をたのしみながらごく普通の中学生らしい日常生活を送っているという、その描きかたが好印象でした。病気や障がいを抱える読者にとって、この物語はきっと励みになるのではないか、と感じました。
それでもこの作品が受賞を逃したのは、ほかの部分で難が多かったからです。私が特に気になったのは、美加の母親の造形と後半の展開でした。

美加の母親は主人公の美加に次いで大きな存在感のある登場人物で、序盤は娘に対して理解のある魅力的な人物だったのですが、途中から独善的で無理解で、美加の大切なおまもりも勝手に捨ててしまう、典型的な悪役・敵対者になってしまうのが残念でした。もしもこの母親がしっかりと芯のある人物として最後まで描かれ、そのうえで美加とのすれちがいや和解が展開したりしたなら、私はこの作品を賞に推していたと思います。

それからこの作品の後半には、母親の入院と地震による友人の被災というふたつの大きな事件が起きるのですが、まず母親の入院については、このエピソードを通じて美加と母親の関係が変わったりといったことが特にないのがどうなんだろうと感じました。母親が病院に運ばれる場面では、彼女の娘への深い愛情を感じさせる科白もあるのですが、それによって美加がこれまでの母親への態度を反省するとか、母親への見方を変えるということもありません。ただなんとなく退院後は険悪な状態が薄れるというだけで。
前のエピソードで知りあった同じ1型糖尿病患者の少年が、美加を心配して駆けつけてくれて、彼との絆が深まるというイベントはあるのですが、彼との絆はそれまでにもうすっかり深まっている印象だったので、わざわざ母親を倒れさせた意味があんまりないな、と感じてしまいました。
最後の地震のエピソードもとってつけた印象で、結末も尻切れとんぼといわざるをえないものでした。母親との関係の変化をしっかりと描けていたなら、入院のエピソードだけでもクライマックスの事件としてじゅうぶんだったと思います。

役割に流されない、芯のある人物造形を心掛けること。ひとつひとつのエピソードの持つ意味を意識すること。あとついでに、おしゃべり文体にしても、もうちょっと文章が丁寧だといいかもしれません。美加が好きなアニメ番組の設定も、もっと魅力的に思えるようにつくりこんだほうがいいでしょう。もしよければそのあたりのことにも留意しながら、次の作品の執筆も頑張ってください。

「トビウオはにげるために飛ぶんじゃない」
文章は丁寧で登場人物にも自然な魅力があり、透明感のある水彩画を想起させるような作品世界にも惹かれました。ひとつひとつの小エピソードや、登場人物たちの教室や塾でのなにげない会話にも魅力を感じました。
ただ、物語の筋がぼんやりしていて、内容が薄いように感じられるのが非常に残念でした。

物語の主役は小学6年生の羽美(うみ)と想楽(そら)で、前半は羽美の視点、後半は想楽の視点で語られるのですが、羽美のパートは中途半端なところで終わってしまい、後半の想楽のほうは、最後に羽美の言葉で想楽の心が変化する様子が描かれているのですが、彼がなにを感じてどんなふうに変わったのか、いまいちよくわかりませんでした。
終盤の学習発表会のエピソードもあまり盛りあがらずにするすると終わってしまいもったいなかったです。

また、最後の想楽の心の変化のほかにも、ぼんやりとしていてどういうことなのかよくわからないな、と戸惑ってしまう場面がいくつかあって気になりました。中盤で羽美の作文を読んだ想楽はなにを思ったのか、とか、題名にもなっている「トビウオはにげるために飛ぶんじゃない」という羽美の意見について、想楽はべつに過去のできごとから逃げているようには見えないけど、トビウオと想楽のなにが重なるんだろう、とか。
何度も全力で精読してもはっきりわからないくらいなので、メインの読者である子どもたちがさらさらと読み進めたら、完全に首を傾げてしまうでしょう。伝えたいことがしっかり伝わるかどうか、可能なら応募前にだれかに読んでもらって、意見をもらえるといいかもしれませんね。

残念ながら今回は賞に推すことはできませんでしたが、文章と登場人物の描写は優れていて、作品の空気感も素敵だったので、またべつの作品を読ませていただきたいと思いました。次の作品に期待しています。


早いもので私が選考委員を務めるのも来年が最後となりました。最後の年も魅力的な作品とめぐりあえることを願っています。

いいなと思ったら応援しよう!