「女のいない男たち」を読んで
村上春樹の「女のいない男たち」を読み終わった。
ちなみにこの記事で書こうとしているのは、ほとんどが本の内容に対する感想なんかじゃなくて、この本を読んでいて思い出してしまった、私のあんまり良くないエピソードである。
万が一、感想を読みに来てくださった方がいたら申し訳ない。
本の内容に少しだけ触れると、この本は2016年に出版された、村上春樹さんの短編集である。
アカデミー賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」も収録されている。
見なければとずっと思いながら、映画はまだ見ていない。
でも、原作だけでも十分面白いと思う。
収録されている6つの短編の中で、私もこの「ドライブ・マイ・カー」が1番お気に入りだ。
私はこの話に出てくる、ドライバーのみさきが好きだ。
私の憧れる職業観が、職人気質のみさきに重なる。
こんなふうにかっこよく、強くいられたらどんなにいいだろうと思うけど、私はここまで強くなれない。
私がこのドライブ・マイ・カーの世界に存在したら、マニュアル免許も持っていない、時として周囲のドライバーを苛立たせる、「いささか慎重すぎる」女性ドライバーの1人でしかない。
そう思うとちょっと寂しい。
私は読解力がそんなに高くないので、本を読んでも作者の言わんとすることの上澄みをすくっているだけのように思うことがある。
だから村上春樹さんの本も、読んでも「あれ?結局なんだったかな」みたいな感覚になることがよくある。
含蓄のある書評を書いてらっしゃる方をnoteで見かけると、本当に尊敬しかない。
ただ私のような奴でも、村上さんの本を読んでると、意味は分からなくてもなぜだか癒されてしまうから不思議だ。
話が逸れるけど、好きな作家さんは?と聞かれて、咄嗟に村上春樹さんの名前を上げるのは、周りのメンツによってはあんまりオススメしない。
名前をあげた時、傷つくことが多いからだ。
予想される反応は3つ。
1 あんな難しい本読んでてすごいね、と崇められる
2 あんな性描写が多い本よく読めるね、とちょっと引かれる
3 本とか読んだことないわ。なんか名前は聞いたことあるようなないような
この中で、私が唯一ありがたいと思うのは3だけである。
私は本の内容をちゃんと理解してるとは言い難いし、性描写だって別にそれを目的に読んでない。
未だかつて、「ああ良いよね村上春樹、私も好き」という人ととリアルでお会いしたことがない。
私が知らないだけで、皆が村上春樹に好印象を持ってる世界線もどこかにあるのかもしれないけど、少なくとも私の狭い世界ではそんなことなかった。
もしかすると、こんな周りの反応を理解してるから、みんな現実では隠しているのだろうか。
聞かれた時は、「分かる〜」と言ってもらいやすい作家さんを伝えた方がいいのかもしれない。
例えば伊坂幸太郎とか湊かなえとか、有川浩とかアガサクリスティの方がいいのだろう。たぶん。
もちろん全員素晴らしい作家さんである。
ちなみに職場の元同僚から言わせると、私は恩田陸を読んでいるイメージなのだそうだ。
もちろん、村上春樹さんの名前をあげても受け入れてくれる雰囲気なら名前を挙げても一向に構わないと思う。
要は、慎重になった方がいいかもしれないと、今までの経験から思っているだけだ。
誰しも、イメージから大幅に逸れることを心良く思わない。
(※個人の意見です。)
話を本題に移そう。
私がまだ1人暮らしをしていた頃の話である。
今から3〜4年くらい前だ。
ある日の休日に、私は居酒屋さんに1人で飲みに出かけた。
1人暮らしだと、誰が私の行動をチェックするわけでもないので、糸が切れたタコみたいに、ふらふら飲みに行くことが定期的にあった。
私は1人で飲みに行く時、大抵何かの本を持っていった。
店の近くに本屋があれば、気になった本を1冊買ってから飲み屋に向かった。
静かなお店でお酒を飲みながら本を読むのってすごく楽しい。
大抵はしばらくすると酔っ払って、読めなくなっちゃうけど。
その日も、私は家から1冊本を持って居酒屋に向かった。
その時に持っていったのが、この「女のいない男たち」だった。
1人で本を読みながら飲みに行くのに、人がたくさんいる時間帯は適していないので、夕方早めの時間から行った。
期待通り、まだ人は少なかった。
カウンターに案内され、詳細は覚えてないけど、確かビールと何かつまめる物を注文した。
ちびちびビールを飲みながら、本を読んで楽しんでいた。
段々ほろ酔いになってきた頃、少しずつお客さんが増えてきた。
テーブルが満席になったのか、しばらくして男女の2人連れが私の隣に案内された。
2人の年齢は、おそらくだけど50代後半以降じゃないかと思う。
「人が増えてきたな〜」と思いながら、本を読むのを止めて、目の前にある水槽をぼんやり眺めていた。
別に聞こうと思ってたわけじゃないのだけど、その2人のうち男性の方が私の真隣に座っているので、嫌でも会話が聞こえてきてしまう。
雰囲気から察するに、2人は長年連れ添った夫婦というわけじゃなく、おそらくお付き合いする前後のデート、ではないかと推測した。
私は川上弘美さんの「センセイの鞄」に憧れを持ってて、その話とは前提が違うけど、こんな風にいくつになっても恋愛ができるのは素敵なことだなと思っていた。
ただ、少し気になることがあった。
なんとなく2人の熱量に差がありそうなのである。
女性が9.5割くらい話してて、男性はなんとなく相槌を打っているだけのような感じなのだ。
どうせならもっと2人で盛り上がってくれたらいいのに、と1ミリも関係ないのにヤキモキしていた。
酔いがまわり、そろそろ帰ろうかなと思った時、事件は起こった。
ゆっくりと隣の男性がこちらを向いたと思ったら、「この本、面白い?」と私に話しかけてきたのである。
気づいた時には、私がカウンターテーブルに置いておいた「女のいない男たち」を、男性が手に取っていた。
いつの間にか、ついさっきまで聞こえていた女性のマシンガントークは止まっていた。
頭から冷や水を被ったように、一気に酔いが覚めた。
何してくれてるんだ、と思った。
あなたが隣の女性の話をぶった斬って、私に声をかけるということがどれだけ罪深いことなのかわかっていないのか。
私がその女性だったら、相手に頭からコップの水をぶちまけて帰るまである(ドラマに影響されすぎかもしれない)。
女性の嫉妬心とプライドの恐ろしさを知らないのか。
そんな微妙な関係のお2人ではなかったのか?
ふざけないで早く本を返してよ、と念じた。
まだ男性は本の中をパラパラ見ている。
「いいタイトルだよね〜」
だかなんだか言って、やっと本が返ってきた。
私は曖昧に笑った。
始終なんとなく、じっとりとした視線を感じていた。
恐ろしくて、一度も女性の方を向くことができなかった。
その後、また2人で話していたが、それまでの女性の勢いとは明らかに異なっていた。
私は居た堪れなさが最高潮に達して、逃げるように店を後にした。
私が持っていたのが別の本だったら、男性が手に取ろうとは思わなかったかもしれない。
この吸引力のあるタイトルがきっといけなかったんだろう。
それから、この本はなんとなく途中で読むのをやめてしまっていた。
今回読んだのは、家の積み本を減らしたかったからだ。
この本の短編の中に「木野」というエピソードがある。
その話の中で、恋人の男性とバーに来ている女性が、主人公と親しくして彼の嫉妬を買うみたいなシーンがあるのだけど、このあたりを読んで、私のほろ苦エピソードは一気に思い出されたのである。
実際、私の出会った2人が付き合う前のカップルだったかどうかは定かじゃない。
もしかしたら兄妹や親戚だったのかもしれないし、恋愛感情を伴うような関係じゃなかったのかもしれない。
でももし、私の妄想が真実であって、もし私があの女性の立場だったら?
想像すると心が「ヒュンッ」とする。
私の直感は外れることもままある。
今は、その妄想が間違いだったと思うことにしている。