TOEICの"評価コスパ"が高すぎて、実際の英語スキルが置き去りになってしまっている(英語#2)
英語の資格といえばTOEICが真っ先に頭に浮かぶ人も多いと思います。
(あるいは、私は受けたことがないですが英検も有名ですね)
私は少し前にTOEICで900点以上の得点をあげたことがあるのですが、最近思うところがあり、簡単なメモを書いてみようと思います。
テーマとしては単純で、TOEICの点数をあげる行為に意味があるのかということです。
私は、いわゆるTOEIC(=リスニング&リーディング)の点数は、集中力や英語の読解力、要領よく情報処理をするスキルを証明するためのものであって、英語力を測る物差しとしては不適切だと考えています。なぜなら、これはインプット学習の試験であり、アウトプットの能力が問われていないからです。
リスニング&リーディングという区分の通り、「誰かが書いた文章を読む」「誰かの会話を聞く」という受け身のコミュニケーションです。
そのため、TOEICの点数が高くてもあまり英語をスムーズに書いたり、話したり出来ないという状態が十分に考えられます。
もちろん、英語を使用する際の前提知識や基礎スキルを培ううえではTOEICは有効だとは思います。
それなのになぜ、TOEICがここまで重宝されているのでしょうか。
それは実態以上にTOEICの点数による「評価コスパ」が高いからだと思います。
特に就職の場面や、企業に入ってからも昇格の要件に組み込まれているなど、とりあえずTOEICの点数を上げておけば自身の評価にとってプラスの場面が多すぎます。
つまり、TOEICの勉強をしたことによるメリットは「実際に英語が使えるようになった」という言語習得上の実態面ではなく、他者からの評価という相対性でしかありません。
・・・若干踏み込んだ話になりますが、TOEICを開発している組織はもとより、企業などもTOEICの指標を採用し過ぎ(今後はともかく今までがやり過ぎた)と思います。
私自身、TOEICの点数がメリットに働いたことは正直多く、学習してよかったとは思います。ただ、TOEICの点数だけでは英語がスムーズに話せるわけでもありません。会話力などのアウトプット面について、もっと勉強して習得していかないといけません(そういう意味では、TOEICのS&W=”スピーキング&ライティング”は英語力の観点で理にかなったものだと感じます)。
徒然なるままに書きなぐりましたが、自分に出来る努力として、今後も英語のスピーキングの練習と実践は続けていきたいと思います。
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