ひとりだけ復権したのばれちゃうよ/暮田真名
シリーズ・現代川柳と短文NEO/319
やり手の金子さんが早期退職希望者だったことをその日まで知らなかった。百貨店で万引きをしたのがバレてクビになったという噂をずっと信じていたのだ。というか、その噂の発信源は自分だったような気もする。自分でついた嘘を自分で信じていたなんて。申し訳ありません、と金子さんに頭を下げると、その日初めてかぶって外に出た白いシルクハットが床に落ちた。金子さんは無言でそれを拾うと、ぼくの注文した鴨南蛮そばを中にぶちこんで、笑顔でこちらに渡してきた。甘いつゆの香り。早期にリタイアしてそば屋を開くのが金子さんの夢だったそうだ。店内は掃除が行き届いており、BGMは坂本龍一だった。
【きょうの現代川柳】
ひとりだけ復権したのばれちゃうよ
/暮田真名
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