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宇宙機の表面材料とその帯電、放電について

ここでは、衛星、宇宙機の表面帯電に対して説明しています。宇宙機の帯電、放電の概要については、以下の記事を参照ください。

表面帯電とは、衛星、宇宙機の最外層にある材料が帯電する現象です。衛星、宇宙機の内部の部品、材料の帯電は内部帯電と言います。表面帯電する材料は、上の記事で例にした金属導体に限らず、電気を通さない絶縁体も該当します。金属導体の帯電、放電の原理については、上記の記事に記載していますので、ここでは、衛星に適用している熱制御材であるMLIを例にして、電気を通さない絶縁体への帯電、放電について説明しています。

1,宇宙機の表面材料

まず、衛星の最外層にある材料はどのような物があるでしょうか。多くの方は熱制御材であるMLIを思いつく方が多いと思います。MLIは、主に金色、銀色、黒色の物があり、それぞれ衛星メーカーにより、または軌道高度により使い分けられています。金色、銀色、黒色それぞれの色を決めているのが、MLIの最外層にある材料です。金色に見えるのは、最外層にアルミが蒸着されたポリイミドを使っているためです。銀色のMLIの場合は、FEPなど透明な材料にアルミが蒸着した材料を適用していることから銀色となります。では、黒色のMLIは?というと、炭素が配合されている樹脂材を適用しているため黒色となります。低軌道衛星では、主に金色、銀色のMLIが適用されており、静止軌道衛星では、黒色のMLIが適用されています。本当にそうなのか?と思う方は、ぜひ衛星の画像を検索して、調べてみてください。静止軌道衛星で有名な「ひまわり」や「準天頂衛星」は黒いMLIを適用している一方、ALOSシリーズやGOSATシリーズ等の低軌道衛星は、金色、または銀色のMLIを適用していることがわかると思います。

ここで、なぜこのようにたくさんのMLIがあるかというと、それぞれの宇宙環境に適した材料を適用することが必要だからです。静止軌道は、低軌道衛星と比較して帯電、放電へのリスクが非常に高くなります。そのため、そのリスクを抑えるために、導電性のある炭素が配合されている樹脂材を最外層に適用しています。では、なぜ、最外層に導電性のある材料を適用することで帯電、放電へのリスクを抑える、または絶縁体材料を使うことがリスクとなりえるのでしょうか。それについて、次の章で説明しましょう。

2,宇宙機の表面の帯電、放電の発生原理

衛星、宇宙機の表面にある絶縁体の帯電、放電の発生原理を図で示していきたいと思います。以下の図のような系を考えてみましょう。衛星構体(アルミニウム)にポリイミドが、接着材で貼り付けられています。

表面帯電1

太陽活動が活発な時期では、以下のように多大な電子線が降り注ぐこととなり、それが衛星構体やポリイミドに降り注ぎます。

表面帯電2

電子線の電子は衛星構体内、または、ポリイミドの表面にとどまりますが、その電子の分布は異なります。衛星構体に適用されているアルミニウムは金属なので、電子は内部を自由に動くことができ、自然と均等に分布されます。一方、ポリイミドの表面に貯まった電子はというと、最初にぶつかった部分から動くことができないため、電子の量に偏りが見られ、ぶつかる電子線が多い部分では、局所的に多くの電子を保有することとなります。

表面帯電3

このような状態が続き、局所的に溜まった電子が相当量となり、高い電位差が生じた結果、ポリイミドの絶縁破壊が発生し、局所的に溜まった電子が一気に衛星構体に流れ込みます。これが衛星、宇宙機における表面(絶縁体)に帯電した電気が放電に至る原理です。このように絶縁体を衛星の最外層に適用する場合は、帯電、放電に至るリスクがあるのです。

表面抵抗5

ここで、以下、NASAのレポートでは、絶縁コーティングであるアルマイトの帯電、放電による破壊現象の写真が示されております。

https://www.nasa.gov/offices/nesc/articles/understanding-the-potential-dangers-of-spacecraft-charging

では、ポリイミドではなく、導電性のある炭素が配合されている樹脂材であった場合はどうなるでしょうか。以下の図で考えてみましょう。導電性材料の場合、一箇所、または複数箇所で衛星構体との電気的な接続(接地)箇所を設けます。以下の図では、左下をネジ結合することで、衛星構体と接地しています。この場合、導電性材料中においても、電子は自由に動くことができるので、局所的に電気が溜まる箇所はありません。また、ネジを通じて、電子が衛星構体にも移動できるので、衛星構体と導電性材料を合わせても、電気的な偏りが生まれることはありません。よって、導電性のある材料を適用することで、帯電、放電へのリスクが生じない設計とすることができるのです。ここで、もし、導電性材料と衛星構体との接地がされていない場合、導電性材料と衛星構体で電気量に偏りが生まれる可能性があるため、帯電、放電に至ることとなります。

表面帯電6

以上、衛星の表面にある絶縁材が帯電、放電に至る原理となります。これが、帯電、放電へのリスクが非常に高い静止軌道衛星に、黒色のMLIを適用している理由です。

ここで、静止軌道よりはリスクが低いとはいえ、低軌道衛星でポリイミドを適用したMLIを使っているけど大丈夫?等、疑問をもった方もいると思います。答えとしては問題ありません。その理由は、MLIに適用されるポリイミドが非常に薄いからです。ポリイミドにも若干の電気を通す能力があり、その厚みによっては、表から入った電子を裏まで通すことができます。通常、MLIに適用されるポリイミドは〜50umです。低軌道でも電子線は表面に止まり、一時的に帯電はしますが、ポリイミドが非常に薄いので、電子はアルミニウムまで無事に到達することができ、結果として、アルミニウム、ネジなどの機械結合部分を通じて、衛星構体に逃げることができます。

表面帯電7

上記の通り、最外層にポリイミドを適用したMLIにおいても、ポリイミドが薄い場合、帯電しにくい結果となりますが、静止軌道等、その電子線環境が厳しい軌道では、万が一の場合も想定して、導電性材料を最外層に適用しているのです。ここで、帯電放電に対する対策が詳細に規定されている国際標準であるNASA-HDBK-4002では、5mil、つまり130umまでのポリイミドであれば、表面帯電のリスクが低いことが示されております。

以上、MLIを例にして、表面帯電の原理について説明させていただきました。もし、質問やコメントがあれば、ぜひコメント欄にお願いします。

以上

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