28歳、新しい私へ - こんなご時世だからこそ。アドレスホッパーから定住暮らしを選ぶことにしました -
拝啓、28歳になる、新しい私へ。
あと2ヶ月足らずで28歳に足を踏み入れる、まだ27歳の私からノートを書いています。
- わたしのこと -
まだあまりご存知でない方もいると思い、改めて自己紹介をさせていただきます。
・いち/フリーランス
・27歳(あと2ヶ月で28歳)
・元アドレスホッパー
・昨年は1年間、千葉県いすみ市でコワーキングの副店長をしていました
・現在は広報やPRにまつわる仕事をしています
・好きなものは梅干し
・クリスチャンです⛪
SNSなどで大々的に報告はしておりませんが、実は昨年入籍しました💐その話も、色々落ち着いたら、またおいおい話せればなと思っております。☺️
- 拠点を持ってみることにした -
突然のご報告にはなりますが、6月から、宮崎に移住することにしました。
今住んでいる大阪・泉佐野市は、5月中旬には離れますが、クラウドファンディングの立ち上げや、新しいコワーキングスペースの広報、さらには大阪・梅田のLINDAHOSTELの広報業務など…
本当にたくさんの経験をさせていただき、広報としてのスキルもぐっとあがった数ヶ月を過ごすことができました。
お世話になった皆様、楽しい日々をほんとうにありがとうございました…!
- アドレスホッパーだった私が拠点を持つ理由 -
それはめちゃくちゃ簡単で、特に大それたことでもなく。笑
ただ、「そっちのほうが、居心地がいいな」と感じたからです。
23歳〜26歳までの私は、どちらかというと多拠点生活と定住生活を比べた時、真っ先に「多拠点!」というほど、移動が大好きで。
沢山の人に会えば会うほど、刺激をもらって、満たされるタイプでした。
2017年〜2018年は千葉県・富津市でのシェアハウス生活がメイン
2019年からは各地のシェアハウスを回る旅を開始
初めての海外ひとり旅でタイにどっぷりハマったり…
神奈川、福岡、岡山、小豆島〜など、2週間から3週間スパンで移動する日々
もちろん、多拠点生活は体力的にキツイこともあるし、疲れることもたくさんあるけれど。
それでも「いろんなところに行ける!」ことが私のモチベーションで、色んな人に会うことが、人生の生きがいだったように思います。
けれども、だんだんと「多拠点の楽しみ方」が「定住できる場所があるからこその楽しみ」へとシフトしてきたのが、昨年の4月ごろ。
千葉県いすみ市に移住して2ヶ月目にはシェアハウスの管理人になりました。
これまで、「自分が移動して、会いに行く生活」がメインだった私。
けれども、それが「自分が定住して、人が会いに来てくれること」に変わり。
最終的には、「自分が定住して、好きな人と暮らすこと」に一番喜びを感じるようになった瞬間でもありました。
- どこでも暮らせる、だから、こそ -
私は今、「広報」という役割をもちながら、フリーランスとして働いています。
気づけばフリーランス歴も5年目に突入し、毎日どこかで得意げにMacBookを広げながら、あの頃は飲めなかったブラックコーヒーを片手に、パソコンをカタカタしながら仕事ができるまでになりました。
「広報」の仕事は、誰かの“想い”を“届ける”ことがメイン。
人の気持ちを文章にしたり、その人が生み出した会社やサービスを、どうすれば世の中に届けることができるのかを考える毎日は、忙しいながらも楽しく、まさに天職と呼べる仕事に出会えたなと思っています。
そしてそんなふうに、「どこでも暮らせて、なんでもできる環境」にいるからこそ。
最後に残ったのは、「いったい自分は、どこで、誰と、何をしているときが一番幸せなんだろう」という根本の部分でした。
- 違和感をおぼえた日のこと -
実は宮崎移住を決める前、私はとある企業に就職の話をもちかけていただき、本気で「東京移住」を決意していました。
そこは大好きな旅と広報の仕事を同時に行える、まさに夢のような仕事で、まだまだ駆け出し広報ではあったものの、それなりの実績を評価してもらい、ほぼ内定が決まる段階まで、選考に残ることができました。
そんな最中、ふと「車での一人旅がしてみたい!」と大阪から九州を横断。合計1週間ほどの車旅を決行したときのことです。
「あれ…!私、本当にこんな暮らしがしたいんだっけ?」
たまたま通りがかった月曜日の岡山駅。
朝8時になるとその場所は、会社や学校へ向かう人々の群衆でいっぱいになり、車も激混み。9時半ごろまでのラッシュに巻き込まれた私は、足早に通り過ぎる人たちを見て、思いました。
「東京に就職して、毎日仕事に通うってことは…。私も月曜日になったら、当たり前にこの生活を送ることになるんだなぁ。」
想像する大きなタワービル。電車の人混み。疲れて23時の終電に乗る私。
土日は死んだように眠るのかもしれないし、きっと今、こうして7日間も休みをとって出かけることは、思い立ってすぐにというわけにはいかなくなる。
“私にとって本当に大事なことって、なんだろう?”
広報としてスキルは習得したい。沢山の人にも関わって欲しい。会社だからこそ得られる経験は、きっともっとたくさんある。
でも…、でも……?
今のこの生活やライフスタイルを覆してまで、それって本当にやりたいことなんだろうか?今ある大好きなものを手放してまで、そんなに私、就職したいって思うのかな?
頭の中にハテナマークを浮かべながら、気づけば、「大変申し訳無いけれど、内定を取り消して欲しい」と会社にメールを打つ自分がいました。
私が思い描いていたのは、朝人混みにまみれて出勤する姿でも、夜遅く終電でコンビニ飯を食べる自分でもなく、「毎日を“丁寧”に生きる」そんな自分の姿でした。
- 憧れていた“毎日を丁寧に生きる”暮らし -
海の見えるゲストハウスで、宮崎移住を考えていた頃のノート
毎日を丁寧に暮らす生き方。それは、多拠点生活とはまた違う、私の「いつか」してみたい憧れの生活のひとつでした。
こういう光が緑の隙間から差し込む窓のある部屋に住みたい
タイのとあるゲストハウスのキッチン。白と木とタイル。可愛すぎる…っ
たまにこのような「かわいい!」「住みたい!」と思う場所を写真におさめては、眺めながら「いつか」の理想の生活を想像する日々…。
自分だけの気に入る家具を置いたり、自分だけの部屋を持って暮らしを楽しむことは、多拠点生活では叶えられないジレンマでもありました。
私の描く「憧れの丁寧な暮らし」。
①朝起きてコーヒーを1杯入れる(白湯でも可)
②光の差し込む窓辺で本や今日やる出来事を考えながら朝を過ごす
③午前中は基本ガッツリ仕事
④ランチを食べる(11時半〜12時半)
⑥14時〜15時はジムに行く
⑦17時までにご飯を食べる
⑧18時〜22時まで仕事(MAX)
⑨22時〜23時は自分の時間♡
⑩24時までに就寝
それが、ここまで具体化されていることを認識した時。
「30歳を目前に、自分だけの自由な空間を持ってみるってすごくいいかもしれない」「そうして日々を丁寧に、大好きなモノや人に囲まれて、生きてみたい」
そんな風に心が叫びたがっている自分に気づきました。
そうと決まれば、私の行動の速さは凄まじく、気づけば宮崎で自分の気にいる物件はないか、好きだなと思う場所はないかを車旅の最終日には考え、内覧を申し込み。
最終的に、自分の理想とする“丁寧な暮らし”を叶えられる素敵な物件に出会うことができました💐
- いつも誰かの応援ばかりしていた私が、“自分のことを”応援しようと思えたのは -
これまでの私は、誰かに頼られることが嬉しかったり、誰かに褒められることが喜びに変わるタイプ(誰でもそうか)
それゆえに、自分の一番したいこと<誰かに求められることを中心にしていたように思います。
それは言い換えると“誰かの応援”になるのですが、それがやっと“自分のことを応援していいのか”と思えたことが、今の自分で一番嬉しいことだなぁと感じています。
また、それにはこれまでに出会った人たちの影響が欠かせないと思っており、「これまでに出会った人たちが人の夢を一切馬鹿にしない人たちだったから」こそ、私もこれからの自分の夢を、出来事を、こうしてノートに綴ることができたのだと思います。
私がどんな風に変わっても、いつも背中を押してくれる旧友。私のダメな部分も全て受け入れて支えてくれるこれまでのシェアメイトたち。そして、私の自由気ままさを許してくれる旦那さん。
みんなが私にとって必要で、これからも、ずっと大切にしたい人たちです💐
本当にありがとうございます。
これからしばらくは、宮崎で少しゆっくり生活をする予定ですが 🍊
宮崎で出会った、おもしろメンバー。夏はみんなで色々やります⛺
また、自分の感情や状況、その時の想いなども綴っていけたらいいなぁと思います……!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もし、いちの新生活をちょっとでも応援してあげよう……!という方がいらしたら、欲しい物リストを貼っておきます。
宮崎での新生活は色々と物入りなので、もしよければ、ご支援いただければ嬉しいです💐
それでは、またいつか。
あなたがくれたこのサポートで、今日もわたしはこのなんの意味もないかもしれないような文章を、のんびり、きままに書けるのだと思います。ありがとう。