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【短編小説】破る

目が覚めた時、僕の背中は何か固い物におしつけられたようだった。冷たい地面の凹みに僕は横たわっていた。全身に強烈な痛みがしていた。首を空に向けるしかできなかった。崩れかけた高層ビルから炎が燃え盛っていて、火の粉は黒い煙とともに風に乗って真っ白な雲を突き抜けていた。

ジャッジャッ
足音だ。誰かが来ている。僕の方へ。僕は口を開いて、一所懸命、助けを呼ぼうとしたが、声が出なかった。

僕の視界の端に人が現れた。60歳ぐらいの男の人だった。茶色いスーツのボタンを外して、僕の側でしゃがんだ。手にあるシガーを吸って、僕の方に煙を吹き出した。

「お前、あの封印を破ったのか?…私との約束と違うぞ。」
彼は、また煙を吸って、偉そうに僕の顔の方に吹き出した。

「だ…れ?」僕はしゃべろうとしたが、痛かった。喉の奥に血が流れ込んで、息が詰まってしまった。

「残念」と男はささやいて、立ち上がった。彼は後ろを向いて「メーリー。後は頼む。」と静かに言った。

「かしこまりました。」女の人の声がした。この声、なんかなつかしい。この人をよく知っているはずだと感じたが、僕は思い出せない。

三十歳ぐらいの女の人が男の後ろから姿を現した。軍人のような黒い制服を着ている。彼女は下を向いて、長い髪の毛でその顔を隠した。

とぼとぼと歩いてきて、僕のそばに膝をついた。金色のナイフを取り出した。ナイフの柄につけてある宝石が太陽でキラキラ輝いていた。

「ごめんなさい」と彼女がささやいて、ナイフを振り上げた。彼女はそのまま手を止めた。僕の顔に何か滴った。あれ?雨は降っていないけど…ポツポツと徐々に暖かい液体が落ちつづけてきた。

彼女は泣いていた。

「メーリー!何をしている!?早く、やれ《殺せ》!…でないと、取り返しのつかないことになる。これは世界のためなんだ!」

突然、空が暗くなって、雨が降りだした。
「メーリー!」彼の叫び声とともに雷が轟いた。
「は…はい!」
メーリーは手のナイフの震えを止めるために、両手で握りなおした。

やめろ! やめろ! ヤメロ!!!

僕は目を閉じた。自分の死を見たくない。いつくるか分からない終わりに怯えるしかなかった。

数秒が経った。
数十秒がたった。
数分がたった。

…あれ?

片目を少しだけ開けて、メーリーの方を見上げた。彼女は動いていない。あれ?両目を開けてみた。

メーリーは少しも動いていない。彫像のように微動だにしない。
いや、彼女だけじゃなく、空に飛んでいる鳥も、雨粒も、宙に止まっていた。

雨粒は小さな宝石のようにキラキラして、落ちてこない。

僕は世界の時間を止めてしまった。


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