【短編小説】灰色の世界
食堂に着いた私は人の例の端に向かう。
どこでも同じ色を見るしかない。食堂の中の壁、天井、テーブル、食べている人の服も、鬱陶しい灰色に染まる。私は覚えている限り、この灰色の世界にいる。毎日、同じ食事と同じ薬を飲む。
例が進んで、おばあさんのスタッフは私に金属の食事トレーを差し出した。私と目が合うと、彼女の顔に苦笑いが浮かんだ。
私はゆっくりとトレーを受け取って、テーブルに向かった。今日の食事と2つの錠剤がある。いつも通り、この薬の赤が灰色の背景にぽつりと目立った。
赤。
…こんな色は…
頭の奥から赤い色が浮かび上がった。
何かを失っている気がした。すごく大切なもの…
…何だっけ?
その瞬間、頭がズキズキと感じた。思い出さない方がいい…早く薬を飲まないと…錠剤を口に入れて、カグンと飲み込んだ。
食事を食べずに、廊下をふらふらと歩いて寝室に向かった。部屋の暗闇の中で、ベッドの上に横たわった。頭から痛みが消えていき、ついに眠り込んだ。
夜中に目が覚めた。ひどい夢を見たから。覚えてないけど、悲しみや絶望が頭の中に残っている。
毛布を胸に引っ張って、ギュッと抱きしめた。涙をこらえきれず、嗚咽した。
側に誰かがいるような気がした…。
「メイ…」
誰かの声が頭の中に響いた。
この優しい声が、部屋の押し入れに来るように呼びかけている。
「…あなた…誰??」
「メイ…わすれない…」
押し入れの中をかき回した。きっと、何かがある…
くしゃくしゃの灰色の服の下に、小さな箱があった。
指輪箱。
ベルベットの外側をそっと触った。なんか、暖かい。掌の中にゆっくり置いた。
なんで、ここにこんなものが…?誰の…?
中身を確認するために、蓋を開けた。
その瞬間、箱の中から眩しい光が輝いた。唖然と光を見つめながら、失ったことを思い出している。
記憶が、浮かび上がった…。
春の寒さ。濡れた土の匂い。心強い存在が私の側にいる。この人のやわらかい赤いセーターに顔を埋めている感じ。暖かい。
「メイ…」
またその声。
「メイのことを忘れない。ずっと愛しているから…」
世界の中で一番愛する人の声だった。
[…ケン]
忘れるわけがない…
でも…私は…一人。
ずっと。
…ケンはどこ?
…思い出せない…。
この光は突然弱くなった。
「...いや!行かないで!ケン!」
彼の名前を叫んだ。箱の中の弱い光に手を伸ばした。冷たい金属の指輪を触って、忽然と光がパッと消えた。私は暗闇の中に残った記憶を呼び起こした…
落石で凹んだ車から出られない私たち。ダッシュボードの上で私のスマホのナビが青白く光っている。
私は運転手の席の方に顔を向けた。ケンの着ている白いセーターが赤い血で染まってくる。ケンは手をポケットに突っ込んで、うめき声を発してしまった。
…指輪箱を取り出した。
灰色なベルベットの外側。
「メイ…僕と…結婚してほしかった…ずっと君と一緒にいたかったが…ごめんね、メイ…」
そのセーターの血まみれが広がっている…苦しそうな声でケンは続けた。
「メイのこと…忘れられないよ。ずっと愛しているから…僕らは来世で会ったら、僕のことを覚える?」
その瞬間、その手から指輪箱が放たれて、ドンと車の床に落ちた…
私は押し入れの闇の中でその小さな箱を抱えた。もう…光ってない。
「…ケン…ごめんなさい」
全ては…私のせい。…あの日、ケンが異常に不安だった。私はそれを振り払うため、山に行こうって…私たちはそこに行かなかったら…
記憶が…記憶が辛すぎ。
この指輪箱を見つけたから、思い出してしまった。
全てを捨てる方がいい…
ギュッと私の手がケンの箱をしっかり握った。捨てるわけがない…
この部屋の中を見回すと、ケンのことしか思い出せない。
もう、私の側にいない…。
押し入れの奥へその箱を投げ出した。ビクッと部屋から出た。
もう、その辛いときを思い出したくない。忘れたいなら…もしかして、あの赤い薬…
廊下を走った。食堂に向かった。こんなに早い朝には、誰もいないはず。
キッチンの奥に入った。ガラスのキャビネットを壊して、薬瓶を取り出した。その赤い錠剤を掌に置いた。
その瞬間。一人の足音が聞こえた。誰かがこっちに来ている。ドアが開いて、スタッフの姿が見えた。昨日、私に薬をくれたおばあさんだ。いや、それだけじゃない…この人は…
「…ケンの…お母さん…?」
思わず声を出してしまった。
彼女はカラスの破片から視線を私に向けて、顔を曇らせた。悲しそうにしゃべった。
「メイちゃん、どうしてここに…?…もしかして、また思い出したの?」
彼女の言葉を聞いたら、体から力が抜けた。
膝まで落ちてしまった私は嗚咽しながら言葉を絞り出した。
「ご。ごめんなさい…ごめんなさい!…全てを…全てを思い出した…私のせい…私のせいで、ケンが…ケンが…!」
涙が溢れて、目がかすんだ。
暖かい手が私の背中をそっと撫でた。
「よしよし。泣かないで…もう大丈夫だから」
ケンのお母さんの声。優しい。優しすぎる。
「でも…私、許せないことをしたの…なんで…?」
ケンのお母さんは私をしっかり抱きしめた。泣きそうな声で
「全てを知っている、メイちゃん。いつまでこの場所にいるつもり?もう、自分を責めないで…。私のケンはメイちゃんに愛された。ありがとう。息子はもういないのに、君を大切している人がまだここにいるよ」
私は手を開いて、赤い薬を見た。
ある日、ケンのセーターと同じ色…
彼の最後の笑顔が浮かび上がった。
[…ケン]
とささやいて、手を口に覆えた。
ゴクンと赤い薬を飲み込んだ。
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