【短編小説】裏切り
ある晩、仕事が終わり、家路についた渡辺はコンビニに入り、ビールと一人分のおいしそうな苺ケーキを買って、道に出た。ケーキの味で頭がいっぱいの渡辺はマンションまでの最後の角を曲がった。
その瞬間だった。
反対側から角を曲がろうとした誰かぶつかり、さっき買った苺ケーキは潰れてしまった。渡辺にぶつかってきたその35歳くらいの女性はの配っていたパンフレットのようなものを慌てて拾おうとしていた。
渡辺は「すみません!」という彼女の声が聞こえなかった振りをした。深くため息をついて、目についたゴミ箱に潰れてしまったケーキを捨てた。面倒事はごめんだ。女性を無視して、足早にマンションへと向かった。
女性は「すみません!ちょっと待って!」と手にあるパンフレットを振り、渡辺を引き留めようとした。今晩は特に人通りがは少ない。どうしてか彼以外には、他に誰も見当たらない。それに、この男の人…なんだか…
渡辺はマンションに着くと、すぐにネクタイを緩めてソファの上でリラックスした。ぬるくなってしまったビールを開けて、グラスに注いだ。乾杯をするようにグラスを掲げて、「誕生日、おめでとう」と悲しそうにつぶやいた。これで45歳になった。友達なんかいらないといつも思っているけど…。時々孤独を感じる…
ピンポン!
渡辺は気だるげにドアへ向かった。彼は住んでいる場所を誰にも教えていない…別に隠れているわけではない、ただ必要がないから。「誰だろう…」
ピンポン!ともう一度なった後に続く声に、渡辺はぎょっとした。
「ね、さっきのこと、すみません!本当に!私のせいです。ちゃんと謝りたい…お時間よろしいでしょうか?」
さっきの女性がマンションのドアの前に立っていた。
「帰ってください。僕は大丈夫だから」渡辺は、面倒そうに言って、適当に女性を帰そうとしたのだが、
ピンポン!ピンポン!ピンポン!
連打される呼び鈴に、渡辺は力を込めて、急にドアを開けた。
「いいかげんにしろ!何を。。。!」
彼女は微笑んで、ビニール袋を見せた。あのコンビニのロゴが入っている。。。
「苺ケーキ、買ってきましたよ。2人分。一緒に食べましょうて?。」
彼女はそう言って、返事も待たずに、靴を脱いで部屋に上がった。まるで自分の家のように自然にソファに座って、ケーキを取り出した。
「人の家に勝手に入るなんて、君は。。。!」
「エミです。誰かとケーキを食べないのはもったいないでしょう?せっかくだから、美味しく食べないと…」
。。。
三か月がたった。
2人はその日から何度も会った。逃げ切れない渡辺はときどき、エミを手伝った。道でパンフレットを配ったり、店の壁にポスターを貼らされたりした。2人が会うたびに、エミは熱心にその内容について語った。黙々と作業を続ける渡辺はエミの頼み事を終えると、別れの言葉も言わずに、立ち去った。
ある日、エミは駅の前で小型のスーツケースを重そうにゆっくりと地面の上に置いた。
ポケットから携帯を取り出して、慣れた手つきで番号を入れた。エミは電話を耳に当てながら考える。今度の頼みはちょっと違うけど、ここまで渡辺は反対しなかった…。
「どうした、エミ?こんな遅い時間に。。。何かあった?」
エミは、駅に着いた渡辺は、困った表情をするエミに、心配そうに声をかけた。渡辺と目をが合わせたエミの表情から緊張が解けていく…きっと、渡辺ならなんとかしてくれる…
「ね、渡辺…ちょっと手伝ってくれる?…このスーツケースを届けてくれない?お願い。大事なことなのですよ。友達が私に頼んできたんだけど、今晩の集会に行かなきゃいけなくて…私、2つの場所に同時にはいけないから…お願い、渡辺。時間がない。どうしても、真夜中までに、配達しなきゃいけないって…」
「。。。」
エミはポケットからしわくちゃな紙を取り出した。黒いペンで道順を走り書いて、渡辺に差し出した。
「お願い。ただのスーツケースみたいだけど、中には大事な物が入ってるらしいから、開けちゃいけないって…お願い。私のために、やってくれる?」
渡辺は少し考える。今度はパンフレットの配布なんかじゃない…。エミの足元にある茶色のスーツケースを拾った。持ってみると結構重い。ただの届け物だって言ってるけど…。よくわかんないけど、何か違う…。やっぱり友達なんて…くだらない。今回が最後だ…。
渡辺は深呼吸して、エミから道順の紙を取った。
エミはほっと息をついて、微笑んだ。渡辺に出会えて、良かった。
「ありがとうね。本当に助かるよ。」
「…」
「後で、お礼がしたいな…友達に面倒なこと頼んじゃったからね……ああ!もうこんな時間?!行かなきゃ!…じゃあ、またね、渡辺。」手をひらひらと振りながら、エミは小走りに駅から出ていった。
渡辺は一人で駅の階段を降りた。こんな遅い時間だ。駅には渡辺しかいない。足音が響くだけだ。ふと、プラットフォームで足を止めたとき、もう一つ小さな音が聞こえた。チック。チック。チック。規則的に連続する音。渡辺は耳をすます。まさか…手にある茶色のスーツケースを見下ろすした…もしかして…
キーというブレーキの音で電車が駅に着いた。渡辺はエミの道順に一応目を通すした。何これ…?書かれた字はぐちゃぐちゃで、全然読めない。これは、もう一度エミに確認する必要がある…
電車を見送り、携帯にエミの番号をすぐに入れたが…繋がらない。さすがにここは電波が悪いのかも…
スーツケースを持ち、駅の階段を登った。街の中でもう一度、エミに電話をしようとしたが…また繋がらない。
エミはどっちに行ったんだっけ…??真夜中まであまり時間がない。。。
渡辺はもう一度道順の紙を見た。片面はパンフレットだった。今晩の集会について、書いてある。そのビルは…近い。
エミの茶色の重いスーツケースをしっかり握って、夜の街を歩いた。ビルに近づくにつれ、大勢の声が聞こえてきた。渡辺はビルの裏を回り、薄汚れた窓から中を覗く。200人ほどの男女が小さな旗を振って、熱心に声を上げていた。年齢層は比較的若い。20代30代が大半を占めている。スピーチを終えたらしい女性が舞台から降りているところだった。エミだ。知らない男の人と笑いながら、こちらの窓の方に向かってきた。
渡辺に気づいていないエミはその男の人を抱きしめる。2人がキスをすると男の背中が窓ガラスにぶつかった。エミが窓の外をふと見ると、こちらを見る誰かの姿があった…息をのむ。
「…渡辺…??」
「…ん、どうしたエミ?」
「…ううん、なんでもない。」
渡辺は窓から離れて、ゆっくり息を吐き出した。もういい。友達なんか…いらない。
手にあるスーツケースの重さに、もう耐えられない。ビルのそばにあるゴミ箱の横にケースを置いて、しょんぼりしてマンションへの帰り道を歩いた。
いつものコンビニの近くに差し掛かったところで、ちょうど真夜中になった。突然、エミのビルの方から爆発音が街中に響いた。人々の叫び声。何台もの救急車のサイレン。
渡辺はその大騒ぎに振り向きもせず、歩き続けた。いつも通りコンビニに入って、苺ケーキとビールをひとつずつ買った。店を出て、マンションへの最後の角を曲がったとき、風に乗ったあのパンフレットが足元に落ちた。
渡辺はゆっくりとかがみ込んで、それを拾い上げ、ふと目についたゴミ箱に捨てた。
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